artificialな国家…集団的自衛権に想う:イザ!

2014.6.21 10:38

artificialな国家…集団的自衛権に想う

【米村敏朗の物来順応】

 ドイツの格言に「終わり良ければ、全て良し」(Ende gut、alles gut)というのがあるそうで、警視庁で各種警備実施を担当し、様々なゲリラ事件にあいながらも、結果として行事の円滑な遂行の確保、要人の安全確保といった警備目的が無事果たせた時、この言葉を噛みしめたものである。

 しかし、その後内閣危機管理監を務めていて、およそ危機管理に「終わり良ければ…」はないものと合点した。それはそうで、危機の予兆、発生から始まって、この先マイナス点をいかに小さくするかが最大の課題、0点に終わって何とか「終わり良し」といえる因果なものだが、それは実のところ甚だ難しい。過日、「SAYONARA国立競技場FINAL」のイヴェントのひとつ、サッカーのレジェンド・マッチを観戦していて、プログラムに載った選手のプロフィールに、「GK 田口光久-85」「GK瀬田龍彦-39」とあり、「ああそうか、ゴールキーパーって危機管理監のようなもの」、妙に親近感を覚え、両選手の動きに目が行った。判断力と機敏さが一体となった動きだ。

 さて、最近まで総理官邸に勤務していたためか、退官後、友人と歓談していてしばしば質問を受ける。集団的自衛権のことである。議論の材料として自分なりの考えを言うにしても、その前に断りがある。内閣危機管理監は「危機管理(国民の生命、身体又は財産に重大な被害が生じ、又は生じるおそれがある緊急の事態への対処及び当該事態の発生の防止をいう)に関するものを統理する」(内閣法15条)のがその任務、すなわち現実の事態あっての危機管理、平素の内閣の政策形成には関知しないのが原則。したがって安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(いわゆる安保法制懇)の議論などは、あくまで傍らから一国民として関心を払ってきたに過ぎない。

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