ハーバードを揺るがす破壊的イノベーション
オンライン講座をめぐり教授陣が真っ二つ
一流校を悩ませる教育のジレンマ
経営戦略を練るなら、ハーバードビジネススクール(HBS)ほどぴったりな場所はない。競争的優位、破壊的イノベーション、バリューチェーンなど、今や経営を語るとき欠かせない概念の多くがHBSの教授陣によって生み出されてきた。
だがそのHBS自身が今、重大な戦略的決断を迫られている(1924年にケースメソッドを採用したとき以来の激震ともいわれる)。しかもニティン・ノーリア学長にとって頭の痛いことに、その賛否をめぐって教授陣が真っ二つに割れている。
重大な戦略的決断とは、「HBSはオンライン教育事業に参入するべきか否か。参入するとしたらいつか」だ。
近年、大学がインターネットで無料講座を提供するシステムが急速に拡大している。だがこうしたオンライン講座は、学生から何万ドルもの学費を集めて提供するキャンパス教育の価値を下げるおそれがある。
そのリスクを犯してでもオンライン事業に参入するべきか、それとも時代に取り残されるリスクを犯してでも現在のシステムを維持するべきか――今やアメリカ中の大学が、この「教育のジレンマ」に頭を抱えている。
1人の教授で100万人に授業
HBSの場合、2人の有名教授(とその経営論)が賛成派と懐疑派の支柱となっている。
賛成派の中心人物は、現代経営戦略論の父との呼び声も高いマイケル・ポーター教授だ。ポーターは、HBSの既存の戦略にダメージを与えない形でオンライン講座を設けるべきだと考えている。「企業は経営環境の激変期にも、その独自のポジショニングをつねに改善・拡大しつつ、従来の路線を維持しなくてはならない」と、ポーターは書いている。
一方、懐疑派の中心人物は、1997年の著書『イノベーションのジレンマ――技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』で名を馳せたクレイトン・クリステンセン教授だ。クリステンセンに言わせれば、HBSのような市場のリーダーが「破壊的イノベーション」を乗り切るには、自ら既存のビジネスを壊すしかない。
これを実践しているとされるのが、スタンフォード大学やペンシルベニア大学のビジネススクールだ。これらの大学院では教授をカメラの前に立たせて、世界中に向けて無料で大規模公開オンライン講座(MOOC)を提供している。
大学側にとっては控えめな投資(1授業当たり2万~3万ドル)で、1人の教授が100万人もの学生にリーチできると、ペンシルベニア大学ウォートン校のカール・ウルリック副学長(イノベーション担当)は言う。クリステンセンは、「安くシンプルにやること。とにかく(オンライン事業を)始めることだ」と語る。