土曜日 , 21 6月 2014
イタリア最高の主審オルサートが明かす「ピッチ上の真実」
2014年6月21日 ニュース

イタリア最高の主審オルサートが明かす「ピッチ上の真実」

試合ごとに厳しく評価される選手と同じように、ピッチで試合を裁く主審も評価の対象から逃れることはできない。ブラジルで開催されているワールドカップでも主審を務めるリッツォーリほどの国際経験はないものの、現在のセリエAで最高の評価を受けている審判が36歳のダニエレ・オルサートだ。

―オルサート、あなたについて「非常に優秀だが、あまりにも短気」といった評価があります。
それは事実です。ピッチに立つと人格が変わってしまうのです。かつては執拗な抗議をした選手や汚いファールを犯した選手を徹底してマークしていました。ここ数年は幸運なことに、以前より寛大な心を持つようになれました。

チャンピオンズリーグのような大舞台で上手くいかないときは、外部からの支えが必要になるのです。現在ワールドカップで審判を担当しているアシスタントのステファニに「ちょっと神経質すぎる。もっとリラックしていこう」と言われたこともあります。自分もまだまだ成長しなくてはいけません。

―「選手をマークする」とおっしゃいましたが、どういう意味でしょう?
後を追いかける、文字通り”マーク”します。試合を通して危険なプレーをする選手を記憶するんです。自分は記憶力が良いのでそれ以前の試合での行為も覚えています。「あなたは前回も行き過ぎた口調で抗議しましたよね」と。こういった感じで…

―話の途中ですいません。まさか選手に敬語を使っているのですか?
もちろん。これは尊敬の問題です。選手に対して同じように敬語で話すように要求はしませんけどね。私にとっては超一流のスター選手もデビューしたばかりの新人選手も同じです。同じピッチに立っている選手に対しては平等に敬語を使っています。

―「敬語なんか使うな」と言ってくる選手はいませんか?
当初はトッティとデ・ロッシが「なぜ敬語を使っているのか」と不思議そうにしていましたが、最近はもう慣れてしまったようです。

―特定の選手をブラックリストに入れることも?
ありますよ。恫喝するような態度で若い審判に抗議しているスター選手をテレビで見かけて、我を忘れそうになったこともあります。自分が担当する試合になったら、その選手に「あの時のような態度なら、試合終了までピッチにいられないぞ」と言ってやりました。正直、やり過ぎだったと思います。

―選手に対する態度を改めたのはいつ頃ですか?
ここ数年の話です。審判委員長のコッリーナに信頼されてビッグゲームを任され始めた頃からですね。私はリッツォーリのように落ち着いて笛を吹けるようなタイプではありません。これは審判というより、個人の性格の問題です。

―抗議に対して腹を立てない方が良いのでは?
なぜ面と向かって侮辱されても我慢すべきなのでしょうか?それなりの態度で抗議されれば、私もミスを認めます。例えばサネッティが良い例です。「オルサート、さっきの笛は違ったよ」と言ってくるんです。私も「そうだったね」と返していました。審判はピッチに立てば自分の判定に自信を持っているものですが、こういったこともあるのです。

―批判に対してアレルギーを起こすことは?
何かに利用された場合だけですね。残念ながらイタリアでは審判を批判することは珍しくありません。そうすれば自分たちに都合が良いですし、言い訳にもなりますから。

―「3mしか離れていないファールも見えないのか」と言われて何と返していますか?
よくある話です。そういうときはボールをライン上に置いて「中と外、どっちに見える?」と聞くようにしています。場合によっては、近すぎるのも見えにくいものです。

サンプドリアのPKを取らなかったことで抗議を受けたこともあります。試合中は誰からも文句を言われなかったのですが、帰りの飛行場でサンプの選手と映像を見返したんです。カッサーノから「こんなことあり得るのかよ」と言われましたが、自分でも「とんでもないミスだ」と思ったものです。

カターニャ対インテルでカターニャにPKの判定をしたこともあります。GKカステラッツィがカターニャの選手を倒したように見えたのですが、後になって接触していなかったことに気づきました。サネッティとラニエリ監督は「人間の目だけで判断すれば、自分たちでも同じ判定を下すはず」と言ってくれました。さすがベテランといったところですが、こういったことは滅多にありません。

―ではなぜビデオ判定を採用しないのでしょう?
ワールドカップでも見られるように、ゴールラインのビデオ判定は役に立つはずです。審判の立場から言えばビデオ判定は様々な状況で助けになるでしょう。ワールドカップでもいくつかの誤審は回避されたでしょうし、アシスタント・レフェリーはオフサイドの判定に集中することができます。

―審判になろうと決意したのは?
友人に誘われたのがきっかけなので、まったくの偶然でした。近所の講習会に行って衝撃を受けたんです。急いで家に帰って母親に「16年以内にセリエAだぜ」と言ったのですが、頭がおかしくなったのかと思われました。当時1992年で、セリエAデビューしたのが2006年です。

―辛かった時期は?
2005年ですね。もっと上のクラスを担当できると信じていたのに結果は落第。辞めてしまおうとも思ったのですが、もう一度挑戦して昇格できたのです。コヴェルチャーノであのコッリーナと会ったんですよ。私たち審判にとっては伝説的存在でマエストロと呼ぶに相応しい人物です。「決定的なシーンを見逃すかもしれないから、ロスタイムの間は時計を見るな。時間の経過は第四審判から聞け」と教えてもらいました。

―前回のコッパ・イタリア決勝は難しい試合だったのでしょうか?
事件のことは一切知らされていませんでした。ウォーミングアップでピッチに出たら、ハムシクがゴール裏でウルトラと会話している姿がスクリーンに映っていたのです。何が起きたのか聞いて、そこで初めて事件のことを知ったのです。

ひどい頭痛がしたのを今でも覚えています。「この試合にどんな意味があるのか」と悩みましたが、アシスタントを集めて「判定に文句を言われない試合にしよう」と声を掛けたんです。試合自体は上手くコントロールできましたが、やはり後味の悪さはありました。

―お子さんが2人いるそうですが、将来は審判に?
それは本人が決めることです。一度母親が自分の試合を見に来てくれたことがありましたが、私が罵声を浴びている姿を見てからは来なくなりました。

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