南シナ海に設置された中国の石油掘削リグ Zuma Press

 【北京】2012年、国営の中国海洋石油総公司(CNOOC)が最初の深海掘削石油リグを導入した際、同社の王宜林会長はこれを「われわれの移動型の国土であり、戦略的な兵器だ」と呼んだ。

 王会長が示したこのような新しい概念は当時、無理な解釈だと受け取られた。

 中国は、海外でほとんど中国政府の支部のように行動する強力な企業CNOOCのトップである王会長を通じて、石油掘削装置(リグ)が沖合の島のように、どこに浮かんでいようとも主権を享受している、と本当に主張していたのだろうか?

 答えはイエスであるようにみえる。総工費10億ドル(約1000億円)のこの巨大な石油リグは、南シナ海の全域にえい航できるように設計された。南シナ海は、中国がそのほとんどすべての領有権を主張している。そして同国の石油リグは現在、同国の領土の前哨のようにベトナム沖合に停泊し、何十隻もの中国船と低空を飛行する中国軍用機によって守られている。ベトナム沿岸警備隊の抵抗とベトナム国内の中国系工場へのデモ隊の波状攻撃にもかかわらず、である。週末、中国はベトナムから中国人の避難を開始した。一方、ベトナム当局は国内でのデモ隊の暴力行為を封じ込めようとしている。

 南シナ海で周辺国と天然資源の支配をめぐり競い合う中で、中国は常に極めて用心深く、忍び足の進出を法的に正当化してきた。それらの法的根拠が近隣諸国にとってどんなに疑わしいものであっても、だ。

 これに対抗し、米国も法律的な理論武装に力を入れている。海洋権と天然資源へのアクセスに関しては、本当に重要な法律は国際法であり、とりわけ国連の下で1982年に締結された海洋法だと主張している。米第7艦隊と軍事的抑止力に加えて、中国の海洋進出という自己主張に対する米国による最大の反撃だ。

 しかし1つ問題がある。米国の上院がこの条約を批准しておらず、その結果、米国はこの条約の極めて少数の非締結国なのだ。欧州連合(EU)とともに、中国を含む他の165カ国は、世界の海と海洋の利用のためのグローバルなルールを設定している国連海洋法条約を批准している。

 オバマ政権の当局者は、米国は海洋法条約の諸規定を支持しているのだから、批准していないことはほとんど問題がないと述べている。しかし、そのことは締結国メンバーであることと同一ではない。締結国は法的なアジェンダ(課題)の形成に一役買い、中国の石油リグが起こしたような紛争の解決メカニズムに自国を委ねている。

 ワシントンは既に、海洋法条約に基づき中国を相手に画期的な調停プロセスに踏み切ったフィリピンを支持するという奇妙な立場に追い込まれている。フィリピンは、南シナ海に対する中国の領有権の法的な根拠全体に異議を申し立て、中国が設定した南シナ海のほぼ全域を中国領の一部として包囲する「nine-dash line(九段線)」は無効と訴えている。中国は、この異議申し立てを無視している。

 海洋法が採択された当時のレーガン米大統領はこの国際法に反対だった。同法が米国の国家安全保障と商業的な利益に抵触するという理由からだった。大きな難点は、海底鉱物資源に関する海洋法の規定だった。しかしこの問題は1994年の改正で解決しており、クリントン大統領以降、歴代大統領は米国の海洋法条約加盟を支持してきた。米軍は最大級の提唱者で、米エネルギー大手企業もこれを支援している。

 しかし上院の保守派は、米国の行動の自由が多国籍機関によって制約されることに抵抗を続けている。また、環境保護団体が海洋法条約の海洋資源保護規定を盾にして、米国の裁判所で環境保護のための主張を追求する可能性もあることもその理由の1つだ。

 しかし、米国が条約に加盟していないことは、国際法の優越性を中国に説得する力を削いでいる。

 2012年、米国の歴代国務長官5人はウォール・ストリート・ジャーナルに共同で寄稿し、海洋法条約を批准するよう上院に促した。5人は、批准すれば「米国は大陸の境界線を延伸しようとする他の諸国に絡んだ交渉や協議に対する影響力を拡大できる」と訴えた。

 一方、南シナ海に対する中国の法的な主張は多層にわたっている。国際法が中国の海洋上の野心を支持しているときには海洋法を論拠にする。例えば、中国の石油掘削リグは西沙諸島(パラセル諸島)に近いところにあるが、同諸島は中国が支配しており、したがって海洋法のルールに基づくあらゆる権利が中国にあると主張する。これに対しベトナムは、中国による同諸島の領有に反ばくしており、リグの配備は違法だと主張している。

 だが海洋法条約を無視することを選択することもある。こうした時、同国は南シナ海水域での「歴史的な権利」に依拠する。領有権からのみ海の権利が生じるとしている海洋法の枠組みでは全く規定されていない概念だ。海洋法条約に基づき、加盟国は沿岸(居住可能な諸島を含む)から200カイリまで排他的経済水域(EEZ)を主張できるとされている。

 さらに中国は、国内法を駆使して南シナ海への領有権の主張を補強している。例えば2012年、中国はパラセル諸島のある島の小さな沿岸の村落を中国の県レベルの都市に格上げし、その都市が南シナ海の広大な水域への行政権を持つと主張した。

 米国の立場からすれば、海洋法条約に基づいて中国に対し法的な反撃を加えることは、他の代替策が事実上不可能なだけに、死活的に重要だ。中国に武力で対峙(たいじ)するという選択肢は計算不可能なリスクを伴う。中国と米国との戦争は、たとえ限定的であっても、破滅的だろう。これが、アジア地域の領有権紛争で米国がどちらの味方もしていない理由の1つだ。米国は、中国とベトナムとの間で展開されている紛争に巻き込まれるのを望んでいない。

 海洋法は、この海域における係争への唯一の解決策ではない。しかし、もっと良い解決策がない現在、矛盾をはらんだ米国の立場は、同国の主張の説得力を弱くしているのだ。 

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