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オタク研究会は現在新入部員を募集していません。 作者:二三四五六七

第10章

10-7

「仕方ないなあ……このあたしが、直斗にお見舞いについて色々と教えて上げるよ」

「病人からお見舞いの仕方を教わるって何だか滑稽な話だな」

「ウコッケイ?」

「滑稽だ。どうしてここで鶏の話をしないといけないんだよ」

 ああ、コッケイね。聞いたことはある。意味はよく知らないけど。

「それじゃあえっと……お見舞いだから、まずはリンゴの皮を剥いたりとか」

「僕リンゴの皮なんか剥けないぞ」

「そうなの? それじゃあ……うーん、おかゆ作ったりとか」

「リンゴの皮も剥けないのに料理なんか更に出来るわけないだろ」

「えー? それじゃあ直斗は何が出来るのさ」

「あれだよあれ……お前の傍にいて看病することが出来るだろ」

「……直斗」

 …………。

「……その言葉、ただ何もせずにここでゲームがしたいっていう意味だったら怒るよ?」

「はっはっは、何のことだかさっぱりだな」

「ゲーム機片手に言っても全然信じられないよその言葉」

 まあ、そもそも直斗に料理のこととかは期待していなかったからいいか。

「それじゃあ……えっと、そこにある洗面器の水汲み直して来てくれない?」

 あたしは勉強机の上にあるピンク色の洗面器を指差して言う。

「おでこに乗っけるおしぼりもぬるいし……多分朝から何度も使ってる奴だと思うし」

「分かった。それじゃあ、このステージのボス倒したら行くよ」

「今すぐ行ってきて」

 部屋の扉を指差してあたしが言うと直斗は渋々ゲーム機を置いて洗面器を持って部屋を後にした。あたしは溜息をつき、布団を被ってベッドに寝直す。

「風邪悪化しそう……でも、どうして直斗……あたしのためにお見舞いなんか来たんだろ」

 考えようとしたけれど、熱のせいか考えがよく纏まらなかった。体から発せられる熱が布団の中に籠るのでじわりと額に浮かんだ汗があたしの頬を使って流れていくのを感じた。

「……直斗、早く帰ってこないかな」

 早くおしぼりで体を拭きたい。体中に汗が纏わりついているこの感覚は何とも気持ち悪い。シャワー浴びたい。

「……ん?」

 汗?

「ちょっと待った……」

 誰に言うわけでもなく呟いて、あたしは風邪で重い体を再度起こす。

 それから、自分の脇の方に顔を近付けた。

「…………」

 ひょっとして……あたし汗臭い?

 体中汗掻いてるし、脇汗も凄そうだし、汗掻いたままの体でずっと寝てるからベッドにも臭い付いてそうだし。

「…………」

 あたしの頬を汗が伝う。熱による汗ではなく冷や汗が。

「ど、どうしよ……直斗気付いてるかな」

 ていうか、気付かない方がおかしいよね。さっきまであれだけ近くにいたんだし。

 …………。

「……失敗した」

 溜息交じりに呟いてあたしはがっくりと肩を落とした。どうしてこんな初歩的なことに気付かないんだろう、あたし。これじゃあ、直斗から友達として見られないのも当然――。

「戻ったぞ」

「ひゃあっ!」

 突然聞こえてきた声にあたしは思わず飛び上がった。そして、急に大声を上げたせいか咳き込んでしまった。

「おいおい大丈夫かよお前」

「けほっ、けほっ……だ、大丈夫」

「本当か? ならいいけどさ」

 言いながら直斗はあたしの勉強机に洗面器を置くとおしぼりを絞ってこちらに持ってきてくれた。

「……なあ、彩楓」

「な、何かな、直斗」

「何で僕がおしぼりを手渡そうとしているのにお前は僕から離れて行くんだ?」

「え?」

 おっと、どうやら知らず知らずの内にあたしの体は自然と直斗から遠ざかっていたようだ。

 直斗にあたしの汗の臭いなんか嗅がせたくないからね。女性の本能という奴だね。

 だってほら、あたしって女子力高いじゃん?

「あ、ああ、ごめんごめん。あ、ありがとね、直斗」

「何だよ……ひょっとして、お前汗の臭いとか気にしてるのか?」

「なっ! な、べ、別に、あ、汗の臭いなんて気にす、するわけ」

「動揺しすぎだろお前。それに目泳ぎまくってるし」

「な、何言ってんの! 目が泳ぐわけないじゃん!」

「そういう慣用句だ」

 どうやら慣用句だったらしい。無知を晒してしまったことと、本心を見抜かれてしまったことで頬が赤くなるのを感じる。これは決して熱のせいではない。

「全く、汗の臭いなんて気にしなくていいだろ別に」

 またベッドに寄り掛かる形で部屋の床に座った直斗はあたしの枕元に置いていた携帯ゲーム機を手に取った。

「き、気にするよ。あ、あたしだって……」

 と、あたしは直斗から目を逸らしながら。

「……あたしだって、女子、だし」

「今更何言ってんだよ。お前の性別も、お前の汗の臭いも」

「え?」

 あたしは再び直斗の方を振り返る。あたしの幼馴染は相変わらずゲーム機に視線を落としたまま唖然としたあたしの声にこう返すのだった。

「お前が部活終わった後、僕と一緒に下校する時は自分のことを汗臭いと思わなかったのか?」

「……あ」

 うっかりしていた。

 言われてみればそうである。一応タオルで念入りに体を拭いてはいたけれど、考えてみればそれだけで汗の臭いが取れるはずもない。

「も、もう……汗臭いなら先に言ってよ……恥ずかしいじゃん」

「誰も臭ってるなんて言ってないだろ。僕はお前に『部活の後の下校時は気にならないのか?』って聞いただけだ」

 ゲーム機の画面に『STAGE CLEAR』という文字が表示される。そして、直斗はあたしの方を振り向いた。

「お前が気にしているだけで、別に彩楓は汗臭くなんかないぞ?」

「……ホント?」

「どうしてここで嘘をつく必要があるんだよ」

 呆然と問うあたしに直斗は呆れ顔を見せた。

「嘘じゃねえよ。彩楓は汗臭くなんかないし、今も汗臭くない」

「……そっか」

「まあ、僕が気になっていないだけかもしれないけどな」

「ちょっと!」

 それって周りからはどう思われてるか分からないってことじゃん!
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