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オタク研究会は現在新入部員を募集していません。 作者:二三四五六七

第10章

10-3

「それで? その栞とやらはどこにあるのかしら」

「多分ライトノベルのコーナーに置いてあると思う。前もそうだったし」

 そんな会話を交わしている内に僕達はライトノベルコーナーのそのまた奥の『銀翼の祈祷師』のコーナーに辿り着いた。

 目的の栞は『シルバルト・クリエイト』、それから『ゴルディスタ・クリエイト』のイラストが載せられた細長い箱のようなものに入れられて、『銀翼の祈祷師』の本が積まれている台の側面に貼り付けられていた。ちなみに、箱と栞に描かれているイラストは同じである。

 そう。

 結論から言わせてもらえば、僕達の目的である栞はまだそこに残っていた。

 残ってはいたのだが――。

「……1枚ずつしか残っていないわね」

 溜息混じりの声で呟く宝船の声が聞こえた。そうなのだ。僕達がここに到着した時には既にシルバルトとゴルディスタの栞は1枚ずつしか残っていなかったのである。恐るべし、『銀翼の祈祷師』の人気。

「でもまあ、1枚ずつしかなくても、無いよりはマシだろ。お互いに好きなキャラの栞を手に入れることが出来た訳だし。僕的には2枚とも手に入れられなかったのは残念だけど」

 言いながら、僕はシルバルトの栞を手に取る。それから少し遅れて、宝船がゴルディスタの栞を手に取った。

「さて、目的のものも手に入れたし帰るか……ってどうした?」

 『銀翼の祈祷師』のコーナーに背を向けて歩き出そうとした矢先、僕は宝船がゴルディスタの栞を見たままその場に固まっていることに気付いた。栞を見つめる彼女の表情はどこか不満気に見える。

「どうしたんだよ。栞が曲がってたりしたのか?」

「……そういう訳じゃないけれど」

「それじゃあ何なんだよ」

「…………はあ」

 それから、宝船は溜息をついて。

 僕にゴルディスタの栞を差し出してきた。

「……えっと、これはどういうことだ?」

「察しなさいよ」

「……ああ、なるほど。僕にゴルディスタの魅力を伝えようと栞を近くで見せている訳だな?」

「違う」

「言っておくが、どんなにゴルディスタの魅力を見せ付けられようとシルバルトから乗り換えるつもりは毛頭ないからな」

「だから違うと言っているでしょう……鈍いわね。あなた、本当に脳味噌入っているの?」

 僕を若干貶しつつ、もう一度溜息をついた宝船は言う。

「栞、上げるって言っているのよ」

「は? この栞をお前が僕に? 冗談だろ」

「冗談ではないわ」

「それならこれは夢だ。お前が人に親切にするなんて有り得ない」

「あなた、私のことを一体何だと思っているの?」

 私だって人に親切にすることくらいあるわよ――と呆れ顔の宝船。確かにそれはそうかも知れないがその親切にしている相手が僕だから大変なのである。

 明日の天気は晴れのち槍かな。

 UFOでも襲来するかも知れない。

「ほら、早く受け取りなさい」

「いや、でも……」

「受け取らないなら無理矢理喉に突っ込むわよ」

「止めろ。止めて下さい」

 そしてどうして喉なんだ。

「分かったよ……本当に貰っていいんだな?」

「良いと言っているじゃない。何度言わせるのよ」

「それじゃあ……有り難く戴く、けど」

「けど?」

「あ、後で何かしらの見返りを求められても僕は何もしないからな!」

「私、萩嶺君から本当に信用されていないのね。何か心が痛むわ」

 ジト目でこちらを見てくる宝船。当たり前だろ。普段の自分の行いを顧みてみれば自ずと僕がお前と信用していない理由が分かるはずだ。

「さて、このまま帰るのもあれだし、折角ここまで来たのだから、店内を少し見てから帰りましょうか。ここからは別行動でいいわよね。共通の目的は終わった訳だし」

「ん、ああ、そうだな。別に構わないけど」

「それじゃあ……そうね。各自用事を済ませたらエレベーターの近くに集まりましょうか」

「なら、先にエレベーターの近くに着いた方が着いていない方に連絡を入れようぜ。その方が用事を済ませる時間の目途が立て易そうだし」

「なるほど……仕方ない、萩嶺君の案に乗って上げましょう」

「どうして上から目線なんだよ」

「じゃあ、また後でね、萩嶺君」

「おう、また後でな」

 そして、僕に背を向けて店内の奥へと消えていく宝船。

「さて、どこを見て回ろうかな……」

 呟きながら、僕は栞を仕舞うべく鞄から財布を取り出した。横に長い財布は栞や映画などで貰えるフィルムを一時的に仕舞うには中々便利な代物なのである。

 シルバルトとゴルディスタの栞を丁寧に財布の中に仕舞い込み、栞を仕舞った財布を鞄の中に仕舞い直す。

 と。

「ん?」

 僕は誰かに見られているような気がして思わず周囲を見渡した。しかし、周囲には誰もいない。いや、実際にはライトノベルを立ち読みしている人がいたり、延々とループしている最近アニメ化が決定したライトノベルのPVを呆然と眺めている人がいたり――と、ちらほらと人はいたのだが、その中にこちらを見ている人物は誰もいなかった。

「……気のせいか?」

 誰にでもなく問いかける僕。でもまあ、先程の視線は気のせいなのだろう。そもそも、僕が誰かに注目されることなんてあるのだろうか――いや、ないな。学校では授業以外のほとんどの時間をオタク趣味に割いているし、休日は家に引き篭もってオタク趣味である。高校生になる以前に同じ学校に通っていた奴とはもうほぼ縁を切ったも同然だし――知り合いのいない僕が注目されるなんてことは有り得ないのである。

 そう。

 先程まで僕の傍にいたもう一人の人物を見ていたのならともかく。

「……さて、と」

 鞄のチャックを閉じて、それを肩に提げ直す。

 それから、僕は宝船より少し遅れてアニメテオの店内を歩き始めた。


 ◆ ◆ ◆


 アニメテオの店内を見て回るとは言っても、僕の本日の当初の目的は『銀翼の祈祷師』の栞の収集である。

 そして、その目的は既に果たされてしまった――なので、僕は店内を適当に見回り、特に気になるものもなかったので僅か10分足らずでアニメテオを後にし、エレベーターの前で宝船へメールを送信した。

 すると、数分後宝船がこちらにやってくるのが見えた。スマートフォンをポケットに仕舞い、僕はエレベーターのボタンを押す。

「何だ、思ったよりも早かったな」

「萩嶺君もね。思えば、そもそも私はほとんど萩嶺君に付いてきたも同然だったから、見るものなんてなかったわ」

「今日僕を誘ったのはお前だけどな」

 僕のその言葉の直後にエレベーターが到着し、その扉が自動で左右に開く。僕達2人はその箱に乗り込むとボタンを操作して1階に下りた。

 1階に到着し、エレベーターを下りて外に出る。

 いつの間にか空は今にも雨が降り出しそうな灰色の曇天に包まれていた。
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