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オタク研究会は現在新入部員を募集していません。 作者:二三四五六七

第10章

10-1

「あら、何だか雲が多くなっているわね」

 珠玖泉高校の正門を出た直後、宝船が空を仰いでそう言った。

「何か今日の夜から雨が降るらしい。それから、その雨は今日から1週間降り続くらしい」

「そうなの。それはひょっとしてニュースとかから得た情報?」

「今日の朝のニュースで観た」

「意外ね、萩嶺君がニュースを観るなんて。天気予報のお姉さんが二次元の萌えキャラだったのかしら」

「天気予報のお姉さんが二次元であろうと三次元であろうと天気予報くらいチェックするよ!」

 何だその僕がオタク趣味以外に興味がない人間みたいな言い草は。いや、実際そうなんだけど。

「でも、それにしては萩嶺君、恐喝事件のことを知らなかったわよね」

「まあ、ニュースなんて朝以外観ないからな。観たとしても学校に行く前の数分くらいだし。朝以外、僕の家のテレビはアニメ再生機械へと変貌しているし」

「きっと萩嶺君の家のHDDにはアニメの録画データばかりが入っているのでしょうね。気持ち悪いわ」

「気持ち悪い言うな。大体、お前の家のHDDにだってアニメの録画くらいしか入っていないんじゃないのか?」

「話題を変えましょう」

「…………」

 どうやら図星のようだった。

「えっと、ああ、そうだわ。萩嶺君はどうして最近私をしつこくアニメテオに誘っていたの?」

「そ、それはお前……その」

 急にその話題を振られて戸惑う僕。まさかこの話題を出されるとは思っても見なかった。

「……それは」

 ――聞くならこのタイミング。

 僕はそんなことを思った。

 いや、本当にタイミング的に正しいのかは分からなかったけれど、態々宝船からこの話題を振って来てくれたのだ。

 戸惑っている場合ではない。

 このチャンスを活かさなければ。

「……お前と、あの饗庭和泉の関係が気になってさ」

 僕は遂に口にした。

「その関係をお前に聞こうと思ったんだ」

 心の中に溜まっていたわだかまりを吐き出すかのように、徐に、僕は宝船に向かってそう言った。

 そして、僕のその言葉に対して宝船は。

「……そう」

 その一言だけを呟いて、宝船は前を向いてしまった。

 僕達の隣を自転車に乗った女性が通り過ぎた。その籠には大量の商品が押し込められたスーパーのレジ袋が見える。

 アニメテオのある商店街へと続くこの歩道は車道と連接している。走行する自動車が傍を通り過ぎる際に吹き起こる風が涼しく、心地よい。

 僕と宝船の間だけに生じている静寂の時間。あまりに静かすぎて珠玖泉高校を出てからもう随分時間が経過したと思っていたのだが、まだ繁華街の入り口が見えない所から察するに、まだそこまで時間は経っていないのだろうか。

 すると、前方からこちらにやってくる2人の自転車に乗った少年達の姿が目に入った。少年達は横に平行に並んで喋りながらこちらに向かってくる。仕方がないので、僕は宝船の後ろに並ぶ形で道を空けた。少年達が僕と宝船の隣を通り過ぎる――そんな時だった。

「彼は――饗庭和泉はね」

 不意に、宝船が口を開いたのだ。

「私が通っていた中学校で、私と一緒に生徒会役員をしていた人よ」

「……生徒会、役員」

「そう。私が生徒会長で、饗庭和泉が副会長」

 こちらを振り向かないまま、宝船は僕に向かって言う。

「そうだったのか……なるほどな」

「私と饗庭和泉の関係はこんなものよ。生徒会長と副会長――それ以上でもそれ以下でもないわ」

「……分かった。教えてくれてありがとな」

 宝船の背に向かってお礼を返す僕。正直、それ以上の――要するに、あの先日の裏路地で見たような関係になるまでの経緯を聞きたかったのだが、宝船自身が話したくないのなら仕方がない。宝船も僕の質問の真意に気付いているはずだから、それを察した上で話さないというのはそれなりの理由があるのだろう。

 誰にだって話したくない過去はある。

「それにしても、私をアニメテオに誘っていたのはそんなことを聞くためだったなんてね」

 どこか面白そうな笑いの混じった宝船の声。

「私、てっきり――」

「……てっきり、何だよ」

「……いいえ、何でもないわ」

 だって、ありえないもの――と、宝船はそこで会話を強制的に終了させてしまうのだった。


 ◆ ◆ ◆


 繁華街は今日も大勢の人で溢れ返っていた。この人込みさえなければ毎日アニメテオに行けるほどのモチベーションが確保できるのだが、僕の都合だけで動くほど世界は安易なものではないだろう。

 人込みを掻き分けて、僕と宝船は何とかアニメテオのある建物に辿り着いた。後はエレベーターで3階に上がるだけ――と思っていたのだが。

「ちょっとトイレで着替えてくるわね」

 と、宝船が言い出したので僕はトイレに向かおうとする彼女の肩を素早く掴んだ。

「……何をするのよ」

「それはこっちの台詞だ。お前、今から何をするつもりだ。何に着替えてくるつもりだ」

「……へ、変装用の衣装」

「また僕にあんな奇天烈な格好をしたお前と一緒にいろって言うのか!」

 あれは一種の拷問である。羞恥プレイと言ってもいい。

「ふっ、私を侮ってもらっては困るわね、萩嶺君」

 肩を掴む僕の手を払いのけながら宝船はどこか得意気な笑みを浮かべて言う。

「私があれから何の改良もせずに変装を試みると思う?」

「なん……だと……?」

「あれから私なりに考えたアイデアを付け足してみたのよ」

「付け足したってことはあの怪しげな格好はそのまま残ってるんじゃねえか」

 黒い帽子に黒いサングラス、それから黒いコート……これらが残っている時点で既に嫌な予感しかしないが一応聞いてみるか。

「で? お前の考えたアイデアっていうのは?」

「箒を持ってみることにしたの」

「魔女じゃねえか!」

「あの変装に違和感を感じるというのならあの衣装を周りに溶け込ませるにはどうしたらいいか考えた結果が箒よ」

「あの変装を止めるという考えはお前の中にないのか!」

「一旦あの変装を捨てようとは思ったけれど、私の中であれ以上に完璧な変装は浮かびそうになかったから……」

「あれがお前の変装の限界なの!? ガッカリだよ!」
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