9-10
「ていうか、お前こそいいのか?」
「え? 何が?」
「見回りだよ、見回り。恐喝の」
「あー……見回り、ね。それはその、あれよ。もう事件も起きることはなさそうだから、少しくらいお休みしてもいいかなって」
「1週間前とは真逆の見解だな」
「正直私達生徒が見回りをするよりも警察がした方がいいわよね」
「言っちゃったよ! それを言ってしまったら今までの見回りに費やした時間はどうなるんだ!」
「それはもうドンマイとしか」
「了承はしたが元はと言えばお前が無理矢理付き合わせたんだからな!」
「Don't mind」
「綺麗な発音で言っても駄目なものは駄目だ!」
「そうなの……世の中は世知辛いわね」
当たり前だろ。
むしろどうしてそれで許されると思ったのか。
「さて、と」
言って、パイプ椅子から立ち上がる宝船。
「行きましょうか、アニメテオ」
「ああ――って、立ち上がっておいてあれだけど、まだアニメテオ行けないな」
「どうして?」
「どうしてって。お前まだ一応生徒会の仕事中だろ」
絶賛サボり中だが。
「ああ、そう言えばそうだったわね」
「忘れるな。もう少し自覚を持てよ、生徒会役員としての」
「生徒会の仕事、ね……放っておけばいいんじゃない?」
「だから自覚を持てよ! 言ってる傍から何言ってんだお前!」
「アニメテオが私を呼ぶ声が聞こえる……」
「空耳だ!」
窓から夕焼けの光に包まれた外の景色を眺めつつ訳の分からないことを言う宝船。何だろう、何かいつもの宝船とキャラが違い過ぎるような気がする。
気のせいだろうか、いや、気のせいではない。
思わず反語表現を使ってしまった。
「とりあえず、最終下校時刻くらいまで待て。お前だって、生徒会に何か報告とかしなくちゃならないんじゃないのか?」
「……仕方ないわね」
どこか不満気に、しかし納得してくれたのか、宝船は一度立ち上がったパイプ椅子に座り直した。その様子に安堵にも似た溜息をついて、鞄を再度長テーブルの上に置くと、僕もパイプ椅子に座り直す。
「……そう言えば」
テーブルに頬杖を着いて窓の外の景色を眺めていた宝船が徐に口を開く。
「同じ歳の女子と二人きりというこの状況下で絶対に自分から話題を振れない萩嶺君に気を遣って私が話題を出すけれど」
「そんな前置きはいらない」
「昼休み、躑躅森さんと何かあったの?」
「何だ、お前もあの場にいたのか」
「いたと言うか、遠くから見ていたと言うか……まあ、私が見たのは躑躅森さんの投げた靴が萩嶺君の顔面を直撃するところだけなのだけれど」
「その偶然の目撃に悪意を感じるんだが」
「とても面白かったわ」
「褒められても嬉しくねえよ!」
「それで?」と引き続き僕に問いかけてくる宝船。
「躑躅森さんと喧嘩でもしたの?」
「喧嘩と言えば喧嘩、かな」
「どうして喧嘩になったの?」
「それは……」
まあ、話題もないし、話すだけ話してみるか――そんな軽い気持ちで僕は今日の昼休みにあった出来事の一部始終を宝船に話した。僕は彩楓が怒った理由が分からなかったので、ひょっとしたら宝船がその理由を解明してくれるのかと思ったからである。何にしても、今までと同じように僕に非はないだろうが――。
「それは萩嶺君が悪いわね」
「……はい?」
目をパチクリと瞬いて、僕は思わず宝船に聞き返してしまった。
「え? 僕が悪いのか?」
「当たり前じゃない。いくら幼馴染とはいえ、いくら付き合いが長いとはいえ、下着姿を見て何の得も感じないって……萩嶺君、あなた馬鹿なの?」
「馬鹿じゃねえよ」
「それじゃあゴミね」
「ゴミでもねえよ!」
それ馬鹿より酷くなってるから!
「なるほど、躑躅森さんが怒るのも分かるというものだわ」
「よく分からないけど……僕が悪いんだな?」
「ええ、そうよ。萩嶺君が悪い」
「そうか……彩楓に謝らないといけないな」
「当たり前じゃない。躑躅森さんにちゃんと謝って、心の底から謝って、それから私にライトノベルを奢りなさい」
「何をさり気無く僕にラノベを奢らせようとしているんだお前は」
「『銀翼の祈祷師』の新刊よ?」
「だから何だよ!」
「あれに付属しているポストカードがもう1枚欲しいのよ」
「知るか! 自分で買え!」
しかし、いつになくボケる宝船さんである。
一体全体どうしたというのか。
「まあ、何にしても、きちんと躑躅森さんに謝りなさい。いいわね?」
「お前に言われなくても分かってるよ。ちゃんと謝るつもりだ」
「そう。それは良かったわ」
満足したようにそう言って宝船はまた視線を窓の外へと戻した。僕と彩楓の仲違いを解消する――そのためにどうして宝船はこんなにも必死になっているのだろう。彩楓と友達だからだろうか? 何かもう少し他の理由もある気がするが。
「……まあいいか」
小さく呟いて、僕は一旦仕舞った携帯ゲーム機を鞄の中から取り出し、電源を入れる。
その後は、特に僕と宝船の間に会話は生まれなかった。宝船の「暇ねー」という独り言に「パソコンで動画でも観るか?」と返し「そうするわ」と彼女が僕のパソコンを借りるという会話のようなものがあったが、それによって僕はゲーム、宝船はパソコンで動画視聴――と、オタ研の部室は機械から発せられる電子音以外では静寂に包まれていた。
そして、時は流れて最終下校時刻が迫りつつある頃――徐にパソコンを閉じた宝船がパイプ椅子から立ち上がった。
「それじゃあ、私生徒会に報告をしてくるわね」
「りょーかい。僕は部室棟の入り口で待っていればいいのか?」
「あら、物分りが速くて助かるわ」
「だろ? もっと褒めてくれていいぞ」
「何を言っているの? 気持ち悪いのだけれど」
「気持ち悪くはねえだろ!」
蔑んだようなジト目でこちらを見下ろしてくる宝船。気持ち悪くはないはずである。多分だけど。
「……それじゃあ、後で部室棟の入り口で会いましょう」
「お、おう、分かった」
ジト目で僕を見つめつつ、ジト目で僕にそう言って、ジト目のまま部室を後にする宝船。
「……そんなに気持ち悪かったかな」
何だか自分に自信が無くなってきた。
「ま、まあ、気にしても仕方がないな。だって、言ってしまった言葉は取り消すことなんて出来ない訳だし」
それっぽい言葉で自分にそう言い聞かせつつ、携帯ゲーム機を鞄に仕舞った僕はそれを肩から提げて扉に鍵をかけると部室を後にする。
最終下校時刻が迫り、帰宅の準備を進める生徒達で賑わい始めた部室棟の廊下を歩き出す。
茜色の光が射し込む校舎の廊下。部活を終えて正門から学校の外へと出ていく生徒達の群れ。
僕が宝船との待ち合わせ場所である部室棟入り口に着いたのは最終下校時刻10分前を知らせる予鈴が鳴った時のことだった。
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