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オタク研究会は現在新入部員を募集していません。 作者:二三四五六七

第9章

9-9

 女心は複雑で面倒。しかし、二次元のキャラクターを好きになってしまうのは一体何故なのだろうか。

 それはやはり『二次元のキャラクターだから』――という点が大きいのだろう。二次元のキャラのツンデレはとても良いものだが、リアルの世界の女子がツンデレを見ても特に何も感じないだろう。それどころか何と言うかこう……苛立ってしまうかも知れない。

「まあ、あれだな」

 言いながら、僕は辿り着いた部室の扉を開ける。

「現実世界の女子が二次元世界の女の子に勝てる訳がないな」

「何て台詞と一緒に部室に入って来ているのよ」

 突然聞こえてきた声に僕は思わず足を止める。部室には既に宝船の姿があった。パイプ椅子に座り、読み途中のライトノベルを手に、僕をジト目で見つめている。

 僕には分かる。

 あれは完全に僕に対して引いている表情だ。

「な、何だ、いたのか」

「まあね。この部室に来るのが私の日課だから」

「生徒会の仕事しろよ。真面目なのか不真面目なのか、どっちなんだお前は」

「生徒会の仕事は勿論大切だけれど、時には息抜きも必要なのよ」

「時にはって、お前毎日ここ来てるじゃん」

「毎日じゃないわ。土日は来ていないもの」

「屁理屈じゃねえか!」

 普通学生は休日学校には来ないものだ!

 僕は鞄を長テーブルの上に置くと左端の席に腰を下ろす。宝船も向かいの長テーブルの左端に座っていた。つまり、僕達は互いに座っている場所は同じだが、位置で言えば真逆の場所に座っていることになる。

 とりあえず、僕はゲームをすることにした。昼休みも昼食にほぼ時間を使ってしまったし、10分休みも彩楓との和解に使ってしまったので、今日はノルマを達成していないのである。

 携帯ゲーム機の電源を入れて、やり掛けのゲームを起動する。暗転した画面に表示されるロード中を示すゲージ。それが半分ほど溜まったところで僕はふと視線に気付いた。その視線が誰のものかと疑う以前に、この部室には僕以外に1人しか人はいない。

「…………」

 徐に、顔を右に向けて宝船の方を向いてみた。すると、案の定こちらを見ていた宝船が急いで視線をライトノベルに戻すのが見えた。

 一体あいつは何がしたいのか――そう思ったが、疑問に思っただけで特に気にならなかったので、僕も視線を宝船から携帯ゲーム機の液晶画面に戻す。

 ゲームのロードが完了し、見慣れたタイトル画面がBGMと共に液晶に表示される。僕は『つづきから』にカーソルを合わせてボタンを――押そうとしたところでまた視線に気付いた。

「……おい」

 再度宝船の方を振り向きながら僕は彼女に話しかける。

「わっ」

 すると、宝船は突然話しかけられたことで驚いたのか読んでいたライトノベルをテーブルの下に落としてしまった。

「きゅ、急に話しかけないでくれる? 驚くじゃない」

 落ちたライトノベルを拾い上げながらそんなことを言う宝船。

「で? 私に何か用?」

「それはこっちの台詞だ。お前こそ僕に何か用でもあるのか? さっきからずっとこっちを見ているけど」

「は、はあ? 私が? あなたを? 見ている? 全く、萩嶺君は何を言っているのかしら本当に。私があなたを見ている訳がないじゃない。そんな目が腐って落ちてしまうような真似をするはずがないじゃない」

「さり気無く毒舌を入れるのは止めてくれないか」

「と、とにかく、私は萩嶺君なんて見ていないから。ラノベの邪魔よ、本当に用事がある時にしか話しかけないで頂戴」

 そう言って、宝船はライトノベルを開くと再度それに視線を落とした。

「……お前、何か動揺してる?」

「ど、動揺なんてしている訳がないじゃない。馬鹿ね、萩嶺君は。何を根拠にそんなことを」

「だってお前ラノベ逆に持ってるし」

「え? あっ」

 上下逆にライトノベルを持って読んでいる宝船なのであった。

 そして、おそらく恥ずかしさで耳まで赤くなっている宝船。アニメや漫画なら頭から白い蒸気を上げていることだろう。

「……はあ」

 全く、こいつはどこまで意地っ張りなのやら。

 溜息をつきつつ、そんなことを思った僕はゲーム機をテーブルの上に置いた。

「何か用があるなら言えよ。言ってくれないと、こっちまで気になってゲームができないだろ」

「……別に。用事という用事ではないのだけれど」

 まだ若干上気した頬のまま宝船はそう言うとライトノベルに栞を挟んで閉じると、僕と同じようにそれをテーブルの上に置いた。

「何と言うか、その……今日は、いつものお誘いは、ないの?」

「いつものお誘い? 何のことだ?」

「だ、だから! ……だから、その、最近ずっと私のことを誘ってくれていたでしょう? アニメテオに」

「……あー」

 そこで僕は漸く思い出した。そうだった、僕は宝船に饗庭和泉との関係を聞くべく彼女をアニメテオにずっと誘い続けていたのだった。

 しかし、最初に誘い始めて1週間――つまり、7回アニメテオに誘ったのだが7回とも恐喝の見回りで断られていたのである。

 そして、その1週間以降は何と言うかその、本当に申し訳ないのだが、ただただ面倒になって宝船をアニメテオに誘うのを止めてしまったのである。最初に宝船と饗庭和泉の関係を暴くと意気込んでいた僕の気持ちはどこへやら。本当に人の気持ちや決心は変わり易いもので。

「ていうか……え?」

 今宝船からその話題を出すということは……今回は僕が逆に彼女からアニメテオに行こうと誘われている、のか?

「何? お前行きたいの? アニメテオ」

「べ、別に行きたくはないけれど……でもほら、今まで散々萩嶺君のお誘いを断ってきたから、その埋め合わせと言うか何と言うか」

「…………」

 なるほど。

 要するに行きたいんだな。

「……アニメテオねえ」

 テーブルの上に置かれた携帯ゲーム機を見て呟き、僕は部室の天井を仰ぐ。

「い、いや、その、萩嶺君が行きたくないのなら私は別に……」

「……いや、いいよ。行こう」

 天井を仰いだままそう言って、僕はパイプ椅子から立ち上がると携帯ゲーム機の電源を落とした。

「少しアニメテオには用事もあるし」

「ほ、本当にいいの?」

 宝船も僕と同じように椅子から立ち上がりながらおずおずとそんな確認をしてくる。

「何だよ、お前から言い出したくせに」

「そ、それはそうだけど……でも、萩嶺君、ゲームがしたかったかな、って」

「……それはまあ」

 したかったけど。

 物凄くしたかったけど。

「でもまあ、いいんだよ。ゲームなんて、家に帰って夜でも出来るし」

 言いながら、僕は傍にあった鞄に携帯ゲーム機を直す。鞄を肩から提げて、パイプ椅子をテーブルの中に押し込んだところで僕は思った。

 僕がゲームをないがしろにしてまで他のことをするなんて珍しいな、と。

 ふと、何となくそんなことを思った。
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