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オタク研究会は現在新入部員を募集していません。 作者:二三四五六七

第9章

9-8

 どんぶりを乗せたトレイを両手に彩楓は食堂にある食器の返却口へと小走りで駆けていく。それを見届けた僕は椅子から立ち上がると携帯ゲーム機をポケットに仕舞い、本日の昼食であった菓子パンの袋とコーヒー牛乳の紙パックを近くにあったゴミ箱に捨てる。その直後、彩楓がこちらに戻ってきた。

「お待たせー。それじゃあ教室戻ろっか」

「おう」

 僕と彩楓は食堂を出て教室へと歩き出す。食堂は校舎とは別の建物になっているのだが、食堂の外では何やらふざけて走り回っている男子グループや、日陰に座って何やら話をしている女子グループなど、それぞれの生徒達がそれぞれの昼休みの過ごし方を満喫していた。

「まあ、でも、何にしてもあれだね」

 すると、唐突に彩楓が口を開いた。自分より少し背の高い彼女の方を僕は振り仰ぐ。

「平和な日々だからこそ、色々と気を付けないといけないよねっ」

 人差し指を立てながらこちらを振り返ってドヤ顔でそう言う彩楓。彼女なりに中々上手いことを言ったつもりなのだろうが、そこまで上手いことは言えていない訳で。

「ああ、うん……そうだな」

 僕は微妙な反応しか返すことが出来なかった。

「えーっ、何その微妙なリアクション。あたし的には中々上手いこと言えたつもりだったのに」

 やっぱりそうだったのか。

「そうだな、彩楓にしては中々上手いこと言えていたような気がするな」

「でしょー? あたしにしては……ってあれ? 今のってあたし褒められたのかな? それとも馬鹿にされたのかな?」

 馬鹿のくせにこういうところは察しが良い我が幼馴染なのであった。こいつが気付く前に早く話題を変えなければ。

「そ、そう言えば、7月から夏服らしいな」

「そうだけど……珍しいね、あまり先生の話とか聞かない直斗がそういう連絡事項だけは聞いてるって」

「当たり前だろ。だって夏服だぞ? そういう連絡事項は聞いておかないと」

「ああ、衣替えの日に夏服着てこなかったら恥ずかしいから?」

「違う。夏服になると女子の制服が透けて薄らと下着がだな」

「直斗の変態」

 軽蔑されてしまった。物凄く軽蔑された眼差しを彩楓から向けられてしまった。

 夏服に透ける女子の下着はロマンだというのに、これだから女子は。

 ともあれ、このまま幼馴染に軽蔑されたままというのも悲しいので、僕は何とか言い訳を述べることにする。

「じょ、冗談だよ、今のは思わず口が滑っただけだ。だから僕のことを変態だと言うのを止めろ」

「冗談か……分かったよ、それじゃあ、直斗は変態なんかじゃないね」

「そうだよ。それに、三次元の女子の下着より二次元の女子の下着の方がいいし」

「どちらにしても変態じゃん」

 どちらにしても変態だった。

 あれ、おかしいな。僕は弁解をするために言葉を紡いでいたはずなのだが……。

 いやはや、日本語というものは難しい。

「しかし、直斗が夏服の女子をそんな風な目で見ていたなんてねー……これは、直斗のイヤらしい視線から女子を守るために次の席替えの時はあたしが率先して直斗の前の席に行くしかなさそうだね」

「でも、それだとお前の下着は僕に筒抜けになってしまうけど大丈夫なのか?」

「……あれ」

「馬鹿かお前は」

 いや、こいつの馬鹿さ加減は今に始まったことじゃないが。

「まあ、確かにそれが一番有効な手段なのかも知れないな。僕は今更お前の下着を見たところで何の得も感じないしって危ねえっ!?」

 彩楓の回し蹴りが僕の頭上擦れ擦れを轟音と共に風を切って過ぎ去った。間一髪避けて、地面を転がりながらその場を離脱する僕。

「きゅ、急に何をするんだよ! 暴力反対!」

「う、うるさいっ! 当たってないからいいの!」

「どういう理屈だよ!」

 彩楓から距離を取りながら僕は彼女を指差しつつ叫ぶ。当たっていないからいいというのは滅茶苦茶な理屈だ。お前の蹴りを頭に食らったら首がげる自信がある。そんな自信なんか欠片ほども持ちたくないが。

「て、てか、あ、あたしの下着を見てもそこまで得しないってどっ、どういう意味!? あ、あたしはそこまで直斗に下着姿を見せた憶えはないんだけど!?」

「いや、それは確かにそうなんだけど、お前は幼馴染で今までずっと一緒にいた――いわゆる友達みたいな存在だから、そんな友達の下着を見てもってだから危ねえっ!?」

 一瞬にして距離を詰めた彩楓から繰り出される拳の一閃を倒れ込みながら回避する僕。

「お、お前! 僕を殺す気か!」

「……な」

「な?」

 何やらボソボソと小さく呟いた彩楓は真っ直ぐに僕を指差すとこう叫ぶのだった。

「直斗の――直斗の等間隔!」

「それを言うなら唐変木とうへんぼくだ」

「うるさーいっ!」

「へぶっ!?」

 ツッコミを入れている隙に投げられた彩楓の靴を顔面に食らう僕。顔に貼り付いた幼馴染の靴を退けると「直斗のバーカ!」と半泣き状態で捨て台詞を吐きながら校舎の方へと走っていく彩楓の姿が見えた。

「……何なんだよもう」

 彩楓の靴を片手に僕は呆然と呟く。昼休み終了5分前を告げる予鈴が鳴り響いたのはそのすぐ後のことだった。


 ◆ ◆ ◆


 放課後まで彩楓は僕と口を利こうとはしてくれなかった。

 授業の合間にある5分休みを利用して話しかけたが、普段はやらないような授業の予習のようなことを態とやってスルーされてしまった。そして、帰りのホームルーム後にはいつも僕に「部活、いってくるね」と話しかけてくれるのだが、それもなく、彩楓はそそくさと教室を出て部活に向かってしまった。

「まあ、放っておけば何とかなるだろ」

 部室へと向かいながら相変わらず人気のない部室棟の廊下を歩きつつ僕は呟く。彩楓との喧嘩は今までに何度もあったが、いつも時間が解決してくれる――もしくは、彩楓から僕に謝ってきてくれるのである。別に僕が悪いのに彩楓に謝らせている訳ではない。毎回、僕が彩楓と話していると勝手に彩楓の方が怒ってどこかに行ってしまうのだ。それを不自然に思った僕はどうして彩楓はいつも急に怒るのか母に聞いたことがある。しかし母は「女心は複雑なのよ」という一言しか返してくれなかった。女心は面倒臭いもの――子供ながらにそんな認識が定着したのもその頃だったような気がする。
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