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オタク研究会は現在新入部員を募集していません。 作者:二三四五六七

第9章

9-7

 思えば不思議な話である。オタク趣味さえあれば生きていける僕にとって他人との接触なんて必要最低限で良かったはずなのに。ていうか、むしろ僕は人との関わりを嫌っていたはずだ。その僕が自ら宝船と接触を持とうとしているというのは――何と言うか、矛盾していると言うか、やはり摩訶不思議と言うか。

「……まあ、今回はあいつの過去を知るためのものだからな」

 そう、そうなのだ。

 今回僕が珍しく自分から行動を起こしたのも宝船とあの饗庭和泉の関係性を知るためだ。それ以外の何でもない。

 ……僕は誰に対してこの言い訳をしているのだろう。

「止めだ止めだ、こんなの」

 何をらしくないことを考えているのだろう、僕は。僕の頭はゲームの展開を考えたり、アニメのキャラの名前や性格を記憶したり――オタク趣味を楽しむためにあればいいのだ。

「ゲームでもして頭を冷やすか」

 言って、僕は鞄からゲームを取り出し、電源を入れる。

「お待たせ」

 そして、まるでタイミングを見計らったかのように宝船が僕の隣に現れた。

「……態とか?」

「あら、何のこと?」

「……いや、何でもない」

「私は萩嶺君がゲームを取り出すのが見えたから来ただけよ」

「やっぱり態とじゃないか!」

 相変わらず意地の悪い奴である。何なのお前。僕にゲームをさせろよ。

「さあ、行きましょう、見回りに。あなたから言い出したのだから、どんなことが起こっても責任は取らないわよ?」

「……元からそのつもりだよ」

 ゲームを鞄に仕舞い、僕は宝船の言葉に応える。

 それから、僕達は校舎を背に歩き出した。

 昨日と同じく、あの繁華街に向かって。


 ◆ ◆ ◆


 唐突だが、僕と宝船が再度繁華街の見回りを開始してから2週間が経過した。

 2週間もの間、驚くことに饗庭和泉達の動きは全くと言っていいほどなかった。僕達の見回りの目が行き届いていなかったのではないかと思ったが、ニュースでも恐喝犯、もとい、饗庭和泉達の目立った動きは報じられておらず、また、学校側も最近恐喝された生徒はいないことを毎週月曜日の朝に行われている全校集会で僕達に知らせた。

 もうこれ以上恐喝は起こらないのではないか――饗庭和泉達が行動を起こさなくなって1週間後にはそんな噂が流れ始め、そして、2週間が経った今ではもうほとんどの生徒が恐喝の話すらしないようになり、ニュースでも恐喝事件のことは一切報じられないようになっていた。

「最近起こらないね、恐喝事件」

 昼休みの食堂にて、僕の正面の席で現在2杯目のラーメンを食べながらそんなことを言う彩楓。ちなみに僕は既に昼食を食べ終わっており、いつもの如くゲームをしながら彩楓に応答する。

「んー? ああ、そう言えばそうだな」

「直斗は気にならないの?」

「そうだなー……気にならないと言えば嘘になるが、まあ、平和なのはいいことだろ」

「それはそうなんだけど……何か急に平和になりすぎて怖いっていうか何と言うか」

 ふむ。その気持ちは分からないでもない。

 どうして饗庭和泉達は急に恐喝を止めたのだろう。あの時言った恐喝を止める――という言葉は本物だったのだろうか。

 でもまあ、本当だとしても何か裏があるとしても、何度も言うが平和なのはいいことだ。

「てか、お前はとりあえず恐喝事件のことよりも考えることがあるだろ」

「そうだね……そろそろ夏休みの計画立てないとね」

「その前に期末テストがあるだろうが」

「期末テスト? 直斗は何を言っているのかな? ていうか、あたし今どんぶりの中に入っている麺の本数を数えるのに忙しいから話しかけないでくれる?」

「一体何のために!? てか無理矢理話を逸らそうとするな!」

「もうやだよー」と両手で顔を覆う彩楓。

「期末テストって何なの? ていうか期末テストに限らずテストって何なの? 何のために存在しているの? あたしには分からない。分からないよ、全く分からない。分からないからあたしはもうラーメンを食べる。直斗に何を言われようとあたしはラーメンを食べるから」

「いや、僕は特に何も言ってないぞ」

「止めないで」

「止めてねえよ」

 ていうか、止めても止めなくてもお前どうせラーメン食べるだろ。

「あー……ラーメンは美味しいなあ」

 そう言って、彩楓は幸せそうな表情でズルズルと麺を啜る。

「美味しすぎてあたしもう溶けちゃいそうだよ」

「まあ、確かにラーメンは美味しいよな」

「あー、この美味しさのせいであたしの頭の中から期末テストという単語が抜けていくなー」

「こらこらこらこらさり気無く現実逃避するな」

 ラーメンに濡れ衣を着せて期末テストの忘却を計る彩楓なのであった。

 全くこの幼馴染、油断も隙もない。

「期末テストねえ……」

 遠い目でテーブルに頬杖を着きながら彩楓は呟く。

「まあ、直斗から教えてもらえば余裕かな」

「言っておくが、僕はもうお前には勉強教えないからな」

 そう言った瞬間、彩楓の手から持っていた箸が音を立ててテーブルの上に落下した。

「ってええ!? 何で!? どして!?」

「だってお前――」

「何で教えてくれないのっ!? 頭からラーメンかけるよ!?」

「落ち着け。それから頼むからラーメンは流石に止めてくれ」

 制服が汚れるのは構わないがゲームが汚れてしまう。

「いやだって、お前勉強教えようとしても毎回真面目にやらないじゃん」

「そっ、そんなことは――あるけど」

「あるのかよ」

 それ以前に自覚あったことに驚きだ。

「うっ……で、でも、今回はちゃんと真面目にやるからさ!」

「残念だったな、その言葉は既に中学時代から聞き飽きている」

「ほ、本当だってばーっ!」

 椅子から身を乗り出す勢いで僕にそう主張してくる彩楓。ダンジョンのボスを倒し、一息ついて僕は彩楓にこう返す。

「なら、あいつに教えてもらえばいいじゃないか」

「あいつって……ああ、宝船さん? 確かにそれはそうなんだけど……」

「けど?」

「そういうことじゃないって言うか……でもそういうことと言うか」

「お前は一体何が言いたいんだよ」

「うーっ……ああ、もういいや。とりあえず直斗の馬鹿」

「おい、ついでに僕のことを罵倒するのを止めろ」

 そんな奴は宝船だけで充分だ。

 僕は再度ゲーム画面へと視線を落とす。すると、彩楓がまたラーメンを啜る音が聞こえてきた――と思ったら、その音は数秒で途絶え、代わりにどんぶりをテーブルに置く若干重みのある音が僕の鼓膜を震わせた。

「ごちそうさま」

「相変わらず速いな……」

 さっき見た限りではまだ半分くらい残っていたような気がするのだが。

「ともかく、ようやく食べ終わったか。それじゃあ、教室戻ろうぜ」

「本当はもう一杯おかわりする予定だったんだけど……」

「まだ食べるつもりだったのかよ」

 我が幼馴染の胃袋は一体どんな構造になっているのだろう。

 これは物心ついた時からずっと今まで感じ続けている疑問である。
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