9-6
「でも、折角のお誘いだけれど、今回はお断りさせていただくわ」
「だから、別に僕はお前に対して邪な感情なんか――」
「そういう訳じゃないの」
僕の言葉を遮って、宝船は言う。
「アニメテオに行きたいのは山々なのだけれど、私には見回りという仕事があるから。自分の娯楽よりも生徒達の身の回りの安全の確保に努めるのが生徒会というものよ」
「そう言えばそうだったな……あいつの言葉を易々と信じる訳にはいかないし」
「そうね、確かに饗庭和泉は恐喝を止めると言ったけれど、それが本当なのかは言った本人にしか分からないわ。例えあの男が恐喝を止めるにしても、止めないにしても、私は見回りを続けなければならないの」
珠玖泉高校の生徒会として――と宝船は言う。
何だろう、何だか先程からやけに『生徒会』という言葉を強調しているように聞こえるのは気のせいだろうか。
「それじゃあ、今日はアニメテオには行けないな」
「そうね、萩嶺君には悪いけれど」
「なら、今日もまたお前と一緒に見回りに行くか」
「そうね、萩嶺君も私と一緒に見回りに――っていやいや何を言っているのよ」
宝船のノリツッコミである。
これは珍しいものを見た。
「正直、萩嶺君には一緒に来て欲しくないの」
「何を言っているんだ、最初に僕を誘ったのはお前の方だろ」
「それはそうなのだけれど……いや、でも、やっぱり駄目よ」
「それはどうしてだ?」
「危ないからに決まっているじゃない。昨日恐喝事件に遭遇したのは運が悪かっただけで、本当に偶然だったのかも知れない――でも、今日も見回りの最中に恐喝事件にまた遭遇してしまうかも知れないわ。昨日は特に何事もなかったけれど、次はどうなるか分からない。それに――」
「……それに?」
途中で口を噤んだ宝船に僕がそう問いかけると彼女は俯き加減で「いいえ、何でもないわ」と首を横に振った。
「とにかく、昨日で見回りにはある程度のリスクがあることが分かったでしょう? だから、萩嶺君には一緒に来てもらいたくないの。誘った私が言うのも何だけれど、生徒会役員ではない一般生徒のあなたがこれ以上危険に晒される必要性はないわ」
「……そうだな、確かにお前の言う通りだ」
きっと、宝船は柄にもなく僕のことを心配しているのだろう。
昨日僕を恐喝事件に巻き込んでしまったことを後悔しているのだろう。
そもそも、恐喝事件の見回りをしている時点で事件そのものに遭遇する確率は0パーセントではないのだから、そこは気にしていないつもりだ。過去に事件が起きた場所でその事件に対する見回りをしていれば、本物事件現場に遭遇することだってあるだろう。そこはそんな感じで割り切れている。
だが、おそらく宝船はそう思えていないのだ。
だから、僕のことを心配しているのだ。
後悔し、心配してくれているのだ。
――でも。
「でも、僕はお前に付いて行くよ」
「……どうしてよ。意味が分からないわ」
「確かに、生徒会役員でない僕が本来生徒会の仕事である見回りを手伝うのは筋違いなのかも知れない。恐喝事件の見回りは危険が付き纏うものなのかも知れない。でも、それはお前だって同じ条件のはずだ」
僕は、僕よりも若干背の高い宝船を見上げて言う。
「危険なのは僕もお前も同じだ。僕は本来一般生徒なのだから生徒会の仕事を手伝う必要はない? そんなことは知らない。これは僕が好きで手伝っているだけだし、それに、さっきも言ったが最初にこの見回りを手伝うように頼んだのはお前なんだからな」
「……萩嶺君」
「大体、僕の貴重なオタク趣味に費やす時間を生徒会の手伝いなんかに割り当ててやっているんだ。やる所まできちんとやって、ちゃんとした結果が出てから終わらせないと承知しないからな」
「…………」
そして、無言で俯いてしまった宝船は僕に背を向けてしまった。
しまった、調子に乗り過ぎたか――と僕が青ざめていると、宝船はこちらに背を向けたまま若干震えた声で徐にこう語り出した。
「……ふ、ふん、萩嶺君のくせに上から目線なんて、何だか苛々するわね」
本当にいいのね?――と宝船は僕に問いかける。
「昨日みたいな、危ない目に遭うかも知れないわよ?」
「恐喝事件の見回りなんて仕事を手伝っている時点でそれは承知の上だよ」
「……そう」
静かに呟いて、宝船はこちらを振り返る。
「萩嶺君のくせに、生意気ね」
それは僕を罵倒する言葉。
しかし、その言葉を放った時の宝船の表情には――笑顔が、浮かんでいた。
「何で笑ってるんだよ。僕を罵倒して楽しんでいるのか?」
「そうね……そうかも知れないわね」
「相変わらずの極悪非道だな」
「萩嶺君なんて底辺低俗じゃない」
「おいお前! それは一体どういう意味だ!」
僕は底辺でも低俗でもねえよ!
「全く……僕は先に行くからな。どうせ、一度生徒会に行かないといけないんだろ?」
「ええ、そうね。見回りに行くって会長に報告しないといけないわ。萩嶺君は先に豚箱――いえ、下駄箱に行っておいて頂戴」
「お前今豚箱って言ったよな? 絶対言ったよな!?」
「一体何のこと? 私がそんなことを言う訳がないじゃない」
あくまで開き直る宝船。駄目だ、もう埒が明かない。
これ以上の言及は無駄だと悟った僕は数秒宝船を睨んだ後に、鞄を肩に下げて部室の入り口に向かって歩き出した。
扉を開け、廊下に出る。
そして、扉を閉める最中のことだった。
ありがとう、と。
そんな宝船の言葉が聞こえたような気がしたが、扉を閉める音に掻き消され、それが空耳か否か、すぐに分からなくなってしまった。
◆ ◆ ◆
下駄箱で上靴を脱ぎ、学校指定の革靴に履き替えて、昇降口の出入り口を潜って、夕焼けの茜色の光を体に浴びたところで、僕はふと思った。
どうして僕はこんなにも宝船のために行動を起こしているのだろう、と。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。