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僕達のすぐ隣を通り過ぎていく饗庭和泉とその仲間2人。体を張ってでも止めるべきなのだろうが、それが最善だと理解しているのにも関わらず、僕の体は動いてくれなかった。それはきっと、饗庭和泉達を止めることが最善だと理解していると同時に、僕一人ではこの3人を止めることができないと理解しているからだろう。全く以て情けない話である。
「あ、そうだ」
饗庭和泉の声が聞こえた。僕は後ろを振り返る――そこには裏路地の入り口に差し掛かっている饗庭和泉達3人の姿があった。大通りで明るく光り輝く様々なネオンの光が3人を照らし出している――既にこちらを振り返っていた饗庭和泉は僕に向かってこう告げた。
「そこのお前、本当に生徒会に所属しているのなら、宝船璃乃には気を付けろよ。そいつは自分のためなら他人を蹴落としてでも利益を得るような最低な女だからな」
不敵な笑みを浮かべながらそう言って、そう僕に注意を促して、饗庭和泉達は裏路地から大通りへと姿を消す。闇に包まれた裏路地を抜け出して、光溢れる大通りの中へとその身を紛らせる。
饗庭和泉達の去った薄暗く細長い通りの中には。
恐喝を受け、今ではしゃがみ込み、裏路地の壁に持たれている少女と。
目くるめく勢いで起こった出来事に、若干混乱を覚えている僕と。
饗庭和泉達が去った後も俯き加減のままその場に立ち尽くしたままの宝船。
その3人だけが、残された。
◆ ◆ ◆
あの後――饗庭和泉達が裏路地を去った後、とりあえず僕は警察へと通報した。饗庭和泉と宝船の間に何があったのかは知らない。2人の間にある因縁も気になるが、そんなものは饗庭和泉が逮捕されてから宝船からゆっくりと聞けばいい話だ。連続恐喝事件の犯人である饗庭和泉達は逮捕され、僕も見回りという生徒会の手伝いをしなくてよくなる。これ以上のないハッピーエンドだ。
しかし、それは普通に事が運べばの話である。
結果から述べると、饗庭和泉は逮捕されなかった。
何故なら、彼には何故かアリバイがあったからである。
これはその場に居合わせた警察官から聞いたのだが、彼の――饗庭和泉のアリバイを証言したのはとある塾の塾長だった。その塾長は僕達があの裏路地で饗庭和泉と出会っていた時間、当の本人は塾で自分の授業を受けていたと言ったのである。
そして、これもその警察官から聞いた話だが、その塾長は饗庭和泉が誰かを恐喝するなんて考えられない、とも言ったそうだ。どうやら、饗庭和泉という人間は誰かから自然とそんな信頼を得てしまうほどに真面目で優秀な人物のようだ。
そうだとすれば、僕達の前に現れたあの男は一体何者なのだろうか。
宝船が見間違えただけで本当は饗庭和泉本人ではなかった、とか。
宝船が見間違えたのを良いことに咄嗟にあの男が嘘をついた、とか。
饗庭和泉を知っていて更に彼に何らかの恨みを抱いている人間が濡れ衣を着せようと『饗庭和泉』と名乗って恐喝事件を行っている、とか。
そんなことを柄にもなく寝る寸前まで考えてしまった。お陰でよく寝付く事が出来ず、本日は若干寝不足な僕である。彩楓が僕を『元気がない』と捉えているのはこれが原因だ。寝不足で元気が有り余っている訳がない。有り余っているのは、深夜に生でとても面白い深夜アニメを観た時くらいである。俗に言う深夜のテンションという奴だ。
いや、深夜のテンションが何たるかという話はどうでもいいんだよ、どうでも。
差し当たっての問題は宝船のことである。饗庭和泉のアリバイ云々のことを本当は考え、悩むべきなのだろうが、分からないことをいくら考えても仕方のないことだ。誰にだって限界は存在する。
だから、今は宝船のことを考えることにする。宝船の地上擦れ擦れを飛行しているテンションを何とか浮上させるための方法を考えることにする。
予め言っておくけれど、これは宝船のためではない。あくまで、これは宝船から饗庭和泉との因縁を聞き出すための手段に過ぎない。ここ重要。勘違いしないで欲しい。
「…………」
……さて。
一体全体どうやってあの宝船から過去の因縁を聞き出そうか。
「……とりあえず、ゲームでもしながら考えるかな」
オタ研の部室の前に辿り着いた僕は呟く。おそらく、宝船も既に部室に来ていることだろう。宝船を前に、ゲームをしながら思考を巡らせて、何も思い付かなかったらタイミングを見計らって聞いてみればいい。うん、そうしよう。コミュ障の僕にどこまで出来るか分からないけれど、やるしかない。コミュ障にもやらなければならない時があるのである。
「……よし」
一つ深呼吸をして、部室の入り口を開ける。
見慣れた部室の景色。
そこに宝船の姿はなかった。
「ってあれ!?」
思わず叫んでしまう僕。いきなり出鼻を挫かれてしまった。
何で今日に限っていないんだ――とも思ったが、今日だからこそいないのかも知れない。宝船と饗庭和泉、この2人にどんな因縁があるのかは知らない――だが、少なくとも2人の間には因縁が存在するのだ。そして、宝船の表情や饗庭和泉とのやりとりを見聞きした限り、それは決して良いものではないのだろう。
そうだとすれば、宝船が今日一日呆然としていたことや、部室に来ないことも頷ける。
「どうしよう……明日にするか?」
誰にでもなくそう問いかける僕。明日聞いてもよかったが、誰かの過去を聞き出すというのはきっかけがあってこそのものだ。そのきっかけが生じて、あまり時間が経過してしまうと聞き出し辛くなるのは目に見えている。何より、コミュ障であるところの僕の行動力がいつまで続くか分からない。
ならば、今日しかないだろう。
「番号聞いといてよかったな……」
よもや、こんなところで連絡先の交換が役に立つとは。スマートフォンをポケットから取り出し、アドレス帳から宝船の電話番号をタップし、電話をかける。
スマートフォンを耳に当てる――数秒の無音の後、呼び出し音が聞こえ始めた。
2回目の呼び出し音。
すると、何故かその2回目の呼び出し音の後に間髪入れず3回目の呼び出し音が僕の鼓膜を震わせた。その後の4回目の呼び出し音の後も、即座に5回目の呼び出し音が部室の中に響く。
「……まさか」
耳からスマートフォンを離して部室の中を見渡す。耳からスマートフォンを離した後も、呼び出し音は聞こえていた。そして、それはその音が呼び出し音ではなく着信音だからだ。つまり、宝船はこの部室の中にいる。
その考えに基づいてゆっくりと部室を見渡していた僕の目にあるものが止まった。
それは、部室の掃除用具を入れておくロッカーだった。
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