9-3
いや、『救う』というのは些か大仰かも知れない。『助ける』と言った方がこの場合は正しい――と言うよりも上手く当て嵌まるか。まあ、どちらにしても意味は同じだが。
さて。
それにしても、どうして宝船があのような気の抜けた状態になってしまっているのか。
その原因は前日、繁華街にて見回りを行った夜のこと。
あの男――饗庭和泉と僕達が出会ったところまで遡る。
◆ ◆ ◆
「……久しぶりだな、宝船璃乃。いや――『生徒会長』って呼んだ方が、当時の懐かしさが増すかな?」
裏路地の暗がりの中、不敵に笑う饗庭和泉は言う。
「……生徒会長?」
誰に問いかける訳でもなく、また誰にも聞こえないほどの小声で僕は呟く。宝船は確かに珠玖泉高校の生徒会役員だ。しかし、今の生徒会長は吹ノ戸先輩であり、宝船ではない。
そうだとすれば、饗庭和泉の言う『生徒会長』というのはおそらく宝船の中学時代の役職のことなのだろう。宝船本人は忘れていたが、どうやらこの2人は同じ中学に通っていたようだし。
しかし、いくら同じ中学校に通っていたとしても、その生徒会長と顔見知りになるほどに親しくなるには、余程のことがない限り一般生徒には無理だろう。これは僕の予想に過ぎないが、この饗庭和泉も中学時代に宝船と一緒に生徒会に入っていたのではないだろうか。
そんな予想を立てながら、僕はふと宝船の方に視線を向ける。
宝船は、明らかに動揺していた。
動揺していたし、どこか恐怖しているようにも見えた。
何だ、どうしたと言うのだ。
いつものお前らしくないじゃないか、宝船。
2人の間には一体何が――。
「何だ、だんまりを決め込むつもりか?」
僕の思考を遮ったのは饗庭和泉のその言葉だった。しかし、その言葉の通り、宝船はその彼の言葉にも何の反応を示そうとしない。溜息をついて呆れたように肩を竦めた饗庭和泉は宝船から僕へと視線を移す。
「ところで、お前の隣にいる男は誰だ? お前の彼氏か何かか?」
「え? い、いや、僕は――」
「違うわ」
暗闇に響いたその言葉。漸く口を開いた宝船が放ったのは饗庭和泉に対する否定の言葉だった。
「萩嶺――いえ、彼とはそんな関係ではないわ。私は、今の学校で生徒会に入っているのだけれど、実は彼も入っていて、今日は私の手伝いをしてもらっているの」
「え?」
宝船のその言葉に――その嘘に僕は怪訝として動揺する。
「そうよね?」
更に、畳み掛けるように、宝船は僕にそう問いかけてくる。僕の方を振り返って、僕の方を真っ直ぐに見つめて、彼女はそう問いかけてくる。
数秒の静寂の間――宝船の言葉とその眼差しの意味を理解した僕は。
「……ああ」
呟いて、首を縦に動かし、頷いた。
「なるほど……生徒会、ね」
暫しの間、僕に疑いの目線を向けていた饗庭和泉だったが、納得したのか、それとも僕達の関係を見抜いた上での反応なのか――それは分からなかったけれど「とりあえず、理解したよ」と彼はそう言った。
「しかし、やっぱりお前は生徒会に入っていたんだな。予想通りすぎて逆に面白いよ、宝船璃乃。それで? その生徒会が俺達に何の用かな? まあ、大体予想はついているが」
「……それなら話は早いわね」
宝船は言う。
「最近、この辺りで起きている恐喝事件は全てあなたの――いえ、あなた達の仕業で間違いないわね?」
「決め付けとは酷いな。否定はしないが」
「今すぐに警察に出頭しなさい。あなた達が行っていることは立派な犯罪よ」
「そう言われて、はいそうですかと警察に行く馬鹿がどこにいるんだよ」
饗庭和泉の言葉に後ろにいた仲間の2人が笑った。そして、その笑い声が宝船に対する煽りとなってしまったのか、彼女は眉間にしわを寄せ、声を荒げる。
「何が可笑しいのよ! 何ならっ……何なら、警察にこのまま通報したって――」
「出来るのか? お前に」
饗庭和泉の言葉が宝船の言葉を遮る。彼の口から突如離れた言葉に、宝船はハッと何かに気付いたような、思い出したような表情で口を噤んだ。
「……正義を振りかざしているな、宝船。確かに、この場合では、学校は違えど、生徒会であるお前等2人が正義で、俺達3人が悪だ。そこは明確だ。誰がどう見たってそうだろう――けどな」
言って、饗庭和泉は歩き出す。前進し、裏路地に足音を響かせて、彼は俯いている宝船の前に立つと彼女を見下ろしてこう言った。
「お前に正義を振りかざす資格なんかねえよ……生徒会長様」
吐き捨てるように、饗庭和泉はそう言った。宝船は先程と同じように俯いたまま無言を貫いている――そんな彼女を見て、また不敵に笑った饗庭和泉は再度口を開く。
「……そう言えば、お前等生徒会は俺達に恐喝を止めさせるために態々こんなところまで来たんだったよな?」
言いながら、饗庭和泉は宝船に背を向けるとまた先程立っていた辺りの場所まで歩き出す。
「いいぜ。恐喝止めても」
「えっ……?」
饗庭和泉の言葉に僕は驚愕する。いや、元々は、今日の見回りは恐喝事件の犯人にあわよくば恐喝を止めさせるためのものだったのだが――その犯人が自分で恐喝を止めると言い出すとは。
まさかの展開に僕は若干混乱する。
「どういう……ことだ?」
「どうもこうもねえよ。言った通りの意味だ。俺達は今日で恐喝を止める、明日からはもう恐喝をしない」
「……その言葉を僕達がそのまま信じると思うのか?」
「そうだな、俺達犯罪者の言葉には何の効果もない。効果もなければ、信憑性もない――でも、それはお前達だって同じだ」
俺達の言葉に信憑性がないからこそ、信じるしかない。
俺達の言葉を信じることしか出来ない。
そうだろ?――饗庭和泉は依然として不敵に笑ったまま言う。
「でもまあ、俺は本当に止めるつもりだけどな……目的も果たせたことだし」
「目的?」
目的とは一体何なのだろう――そう考えている内にも、饗庭和泉は「行くぞ」と仲間2人に声をかけて裏路地を表通りに向かって歩き出した。
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