8-10
「準備はいい? 行くわよ、萩嶺君」
「出来れば行きたくないが……目の前でこうして恐喝が行われている以上、行かざるを得ない、か」
こういうシチュエーションはアニメなどで観たことがある。どんなに無謀なことであったとしても、その渦中に突っ込んでいくのが物語の主人公であれば、最終的にはどうにか丸く収まる――それがフィクションの世界だ。
しかし、今ここは当然二次元の世界などではなく、画面や小説の向こう側に存在する世界などではなく、紛れもない現実な訳で。
それ以前に、宝船はともかく僕は主人公などではない訳で。
本当はここから、この現状から、今すぐにでもしっぽを巻いて逃げ出したいところだったが――目の前で不幸な目に遭っている人を放って逃亡し、平然としていられるほど僕の心は強靭ではない。
我ながら面倒な性格に生まれ付いたものだと思う。
だが、こうしてこの性格でこの世界に生を受けた以上、僕はこういう人間として最後の最期まで生きて行かなければならない。
次に生まれ変わるのなら二次元の世界の住人がいいな。
「……はあ」
こんな場面で、割と真面目にそんなことを思いながら僕は溜息をついた――と、同時に宝船が細い道の中へと歩き出す。変なことを考えていたせいか、彼女が歩き出したことにすぐに気付けず、宝船よりもワンテンポ遅れて僕は道の中へと歩き出した。
段々と車の走行音や人々の声など、繁華街の『表側』の音が遠ざかっていく。先程まで僕達を照らしていたネオン等の光も建物に遮られて見えなくなる――細いその道を進むにつれて、僕と宝船は徐々に繁華街の『裏側』という暗闇と静寂に包み込まれて行った。
心の奥底に微量の不安と恐怖が生まれつつある中、僕は暗闇に慣れてきたその視界で恐喝を行っている犯人グループの姿をはっきりと捉えた。襲われている人物はやはり珠玖泉高校の生徒で間違いないようだ。性別は女性であり、小柄なその体を更に縮めてしまっている。
犯人グループの人数は3人だった。見る限り、僕や宝船と年齢は変わらないように思えるが、制服などではなく普通の私服を身に纏っているため、学生か否かは判断をつけることができない。
そして、犯人グループのそれぞれの顔が見えてきた時だった。グループの1人が僕達が近付いてきたことに気付いたのである。
「おい、何だお前等」
低く、迫力のある声でその1人が僕達にそう問いかける。その声で残りの2人もこちらを振り返ってきた――その威圧感溢れる声に僕がたじろぐ中、宝船は特に怖気付くような素振りを見せることもなく、犯人グループに向かってこう啖呵を切った。
「珠玖泉高校生徒会役員、宝船と言います。あなた達はそこで何をしているのでしょうか」
「あ? 珠玖泉高校の生徒会……? ああ、そう言えば制服が同じだな」
最初に声を上げた男とは別の男が僕達と恐喝していた女子の服装を見比べながら納得したように言う。
「それで? その生徒会役員様が俺達に一体何の用だ?」
「私に質問をする前に、私の質問に答えて下さい。あなた達はそこで、その女の子に何をしているのですか?」
「何って、見たら分かるだろ」
「……やはり、どうやらあなた達が最近の連続恐喝事件の犯人ということで間違いなさそうですね」
宝船が目を細める。すると、その彼女の言葉を聞いた男は愉快そうに笑いながらこう言った。
「連続恐喝事件の犯人だってよ! 何? 俺達有名人になってるの? 超ウケるんだけど、なあ?」
最初に僕達に気付いた男の問いかけに、2番目に声を上げた男もニヤニヤとしながら「ああ」と頷いて、同じく愉快そうに笑い声を上げた。未だ珠玖泉高校の女子の前にいる3人目の男はこちらを向いたまま特に行動を起こさず、何も声を上げない。
「それで? 俺達がその犯人だったとしたらどうするつもりだ? 俺達を捕まえるのか?」
「……そうしたいのはやまやまですが、残念ながら私達にあなた達を逮捕する権限はありません」
ですが――と宝船はスカートのポケットからスマートフォンを取り出した。
「警察に通報するくらいの力なら、あります」
「なるほどね、確かに警察はヤバいな……でもさ」
言って、男は指を鳴らしながら、僕達の方へと体を向ける。
「そんな暇、俺達が与えると思うか?」
――拙い。
こんな時までオタク脳とは自分で自分に呆れ果てるが、この雰囲気と言葉のイントネーションやその勝ち誇ったような表情から察するに、あれは間違いなく相手の臨戦態勢だろう。
二次元の世界で幾度となく見てきた相手のその態勢に気付けた僕はいつでも後ろに駆け出せるように身構える。視界の端で、宝船も同じような態勢を取るのが見えた。
ゆっくりと、しかし着実に僕達に近付き始める2人の男達。大丈夫だ、落ち着くんだ僕。宝船が言っていたように、流石のこいつ等も大勢の人の前で騒ぎを起こしたくはないはずだ。大通りまでそこまで距離はないはず……大丈夫、逃げ切れば――。
「まあ待て、お前等」
僕のそんな思考は2人の男達の後方――すなわち、3人目の男の声によって遮られた。僕達の前に立ちはだかっていた2人が左右に分かれると同時に、いつの間にかこちらに体を向けている3人目の男の姿が視界に映る。
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