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オタク研究会は現在新入部員を募集していません。 作者:二三四五六七

第8章

8-9

「さて、前置きはこれくらいにしてそろそろ本当に帰るとしましょうか」

「今の会話は前置きだったのかよ」

 前置きついでに僕を罵倒するなんて何て奴だ。

「さあ、行くわよ萩嶺君」

「はいはい、分かってるよ」

 人込みの中を歩き出した宝船。そんな彼女に続いて僕も足を動かす。

 前からやってくる人を避けながら、アスファルトに覆われた歩道を踏みしめて繁華街を駅へと向かう僕と宝船。本当はアニメテオにも寄りたかったが、こんな時間になってしまっては仕方がない。

「彩楓に怒られるのだけは勘弁だからな……」

 呟いて、自分で苦笑する。

 今日の夕飯は何だろう。先程モクドナルドでがっつりとハンバーガー・ポテト・ジュースというセットを食べてしまったから、正直あまりお腹は空いていないのだが――しかし、夕飯を作ってもらっているという立場上、食べ残すという行為は失礼な気がする。いや、確実に失礼だろう。

 無理してでも食べなければならないな……。

 夕飯の後は家に戻ってアニメを消化しなければ。今日の分が3本ほど溜まっていたはずだ。そして、その後はゲームをして、少しライトノベルを読んで、風呂に入って寝る。明日は特に提出する宿題もなかったはずだから、問題なく寝ることができるだろう。

 と。

 僕がそんな感じで、まだ帰宅どころか駅にすら辿り着けていない時点で、今日の一日の終わりまでのスケジュールを立てていた時だった。

 今回の見回りによって少しばかり体に刻み込まれた癖によるものだったのか、理由は分からない。

 分からないが――僕はふと、何となく、本当に何となく右側を――こちら側の歩道にて建物が建ち並んでいる方向を振り向いたのだ。

 僕が振り向いた視線の先にはちょうど建物と建物の間に生まれた隙間――すなわち、裏路地へと繋がる細い道があった。

 夜の帳が下りて、闇に包まれているその細く長い道の中で僕は視認する。

 道の途中に群がる多数の人影を。

「……あれは」

 人込みの中で立ち止まり、僕はその道の方へと目を凝らす。

 どうやら、3人、もしくは4人の人物によって誰かが建物の壁に追い詰められているらしい。

 暗闇に段々と目が慣れていく中、僕は追い詰められている側の人物の服装を確認する。

「珠玖泉高校の制服……?」

 だとすると、あれはやはり――。

「恐喝ね」

 不意に背後から聞こえてきた声に少し驚きながら、僕は後ろを振り返る。そこには、いつの間にか宝船が立っていた。きっと、人込みの中で立ち止まっていた僕に気付いて戻ってきたのだろう――それか、僕と同様に現在進行形で起こっている目の前の事件に気付いたか。

「お、お前もそう思うか?」

「確信はないけれど、そう思わざるを得ない・・・・・・・・――ってところかしらね。あの壁に追い詰められている人が着ているのは珠玖泉高校の制服だし」

 まあ――と宝船は続ける。

「こんな時間に、あんなところで、複数の人間が個人を壁に追いやっている時点で恐喝事件ではなかったとしても、犯罪以外の何物でもないでしょうね」

「だろうな……で? どうするんだ?」

「決まっているじゃない。止めに入るわよ」

「止めに入るって……」

 よくもまあ、簡単に言ってくれる。

「お前どうするつもりなんだよ。相手は複数いるんだぞ? それに対してこっちはたったの2人だし」

「萩嶺君は何を言っているの? 私達には頼もしい味方が大勢いるじゃない」

「味方って……どこにいるんだよ、そんなの」

「後ろよ、後ろ」

 宝船の言葉に僕は言われるがまま後ろを振り返ってみた。しかし、そこには誰もしない。強いて言うなら、先程から歩道を行き交っている人々以外は。

「何だよ、味方なんてどこにもいないじゃないか」

「はあ……萩嶺君は本当に察しが悪いわね」

 溜息をついてそんなことを言う宝船。

「味方というのは、今私達の後ろを歩いている人達のことよ」

「それはつまりその……どういうことだ?」

「つまり、あの恐喝に私達が割り込んで、攻撃の矛先が私達に向いたとしても、この人の多い大通りに出てしまえば、相手は迂闊うかつに手が出せないってことよ。赤の他人同士の喧嘩に割り込んでくるような正義感の強い人はあまりいないけれど、大衆の視線というのは、それだけで悪者にとってはプレッシャーになるから」

「なるほど……何となくだが理解できた」

「まあ、あの犯人達との距離を間違えなければ、もしものことがあったとしても大通りまで出てしまえば犯人達は私達に手出しは出来ないでしょう。仮に喧嘩になって警察に補導されたとしても、今襲われている人が証人になってくれるでしょうから、そこは問題無いわ」

「……何と言うか、お前ってやっぱり頭良いんだな」

 そこまで色々なことに対して予想を立てて、アフターケアまで用意しているなんて。純粋に尊敬する。

「お褒めに預かり光栄の至りだけれど、萩嶺君から褒められてもあまり嬉しく感じないわね」

「…………」

 こういうところが無ければ本当に心の底から尊敬しているのだが。
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