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オタク研究会は現在新入部員を募集していません。 作者:二三四五六七

第8章

8-8

「何だ? 腹でも壊したのか?」

「セクハラで通報するわよ」

「何でだよ! 体調を心配しただけじゃないか!」

 椅子に座りながらまたもや僕に濡れ衣を着せようとする宝船。体調を案ずるだけで通報されるのならば、世界のどれだけの心優しき善人が冤罪を押し付けられているのだろう。全く以てゆゆしき事態である。

「時間も時間だし、食べ終わったら帰りましょうか」

「え? ああ、そう言えば、もうこんな時間か」

 テーブルの上に置いていたスマートフォンで時間を確認する僕。現在の時刻は既に午後8時を回っていて、窓の外に広がる空は完全に夜の闇に包み込まれてしまっていた。

「早く帰らないと、萩嶺君のご両親も心配するでしょうし」

「いや、それはないよ」

「なるほど、萩嶺君は両親から心配すらしてもらえないのね、可哀想に」

「そういう意味じゃねえ」

「心配しないで。私が萩嶺君のご両親の代わりに心配して上げないから」

「心配してくれないのかよ!」

 僕のツッコミに対し、宝船はニヤニヤとしながら無言でジュースを飲んでいる。宝船的にはボケだったのだろうが、油断していたらいつまた毒舌が飛んでくるか分からない――だから、僕は宝船が黙っている間に会話を次のフェイズに進めることにした。

「……僕の親が、僕の帰りが遅いということに対して心配しないというのは、僕が両親から信頼されているということもあるけれど、ただ単にこれくらいの時間に帰ってもまだ家に両親が帰って来ていないってことでもあるんだよ」

「……なるほど」

 ジュースを飲んで、宝船は納得の一言を漏らす。

「つまり、まだ家にいない両親からは心配のされ様がないという訳ね」

「そういうことだ。まあ、僕ももう高校生だからな。流石にスマホにもう帰宅を確認するようなメールは来ないし」

「そうね……でも、例え萩嶺君のご両親があなたの帰宅を心配しないのだとしても、他にあなたのことを心配してくれるような人間がいるんじゃない?」

「それは誰だ?」

「躑躅森さん」

「……あー」

 すっかり忘れていた。そう言えば、以前帰宅が遅くなったことで彩楓から凄く怒られたことがあったっけ。

 夕飯に遅れるってメールしておかないと。

「その反応を見る限り、萩嶺君は躑躅森さんのことを忘れてしまっていたようね。可哀想に……躑躅森さんも浮かばれないわね」

「う、うるさいな。今からメールするってだけだよ」

 スマートフォンを手に取って、僕は彩楓に夕飯に遅れることをメールで送信する。これで彩楓から怒られることはないだろう。多分だけど。

「……ていうか、お前こそどうなんだ?」

 メールの送信が完了したことを確認してから、僕はスマートフォンをテーブルの上に置き直しつつ、正面の宝船に問いかける。

「帰りとか、遅くなっても大丈夫なのかよ」

「大丈夫よ。私の親も、萩嶺君のところと一緒で帰りが遅いから。心配のされ様がないわ」

「そうだったのか。仕事が忙しいとかそういう感じか?」

「ええ、まあ、そんなところ」

 言って、宝船はまたコップの蓋から突き出たストローを口に銜えて窓の方へと顔を向ける。

 その後は今期観ているアニメの話題で少し盛り上がりながら、残っているポテトやジュースを食べ続けた。そして、全ての食べ物飲み物を胃袋の中に収めた僕達はゴミだけの残ったトレイを両手に立ち上がる。

「行きましょうか」

「そうだな」

 僕と宝船はゴミ箱にそれぞれゴミを捨てた後、階段を使って1階へと下りると、レジにいる店員の「ありがとうございましたー」という声を背中に受けながら、自動ドアを潜って店の外へと出た。


 ◆ ◆ ◆


 店の外はやはり人込みでごった返していた。縦横無尽に行き交う人の群れ――この繁華街に人がいなくなるということは起こり得るのだろうか。

「確か、萩嶺君とは駅までは帰り一緒だったわよね」

「そうだな」

「え? 萩嶺君って合法的な私のストーカー?」

「違う」

 てか、合法的なストーカーって何だ。法律の下に認可されたストーカーなんていたら駄目だろ。

「私と帰り道が駅まで一緒ということを利用して私をストーキングしているんじゃないの?」

「そんな訳ないだろ。大体、本当にお前をストーキングするのなら駅でお前を見送るフリをした後にお前とは別車両の同じ電車に乗って自宅まで付いて行くよ」

「萩嶺君……本当に私のストーカーだったのね」

「例え話だ! 例え話だよ! 大事なことなので2回言ったぞ!」

「引いたわ、ドン引き。今を以て萩嶺君に対する私の好感度はマイナス方面へと突入したわ」

「今マイナス方面……って、それって元々0だったってことじゃねえか!」

 趣味とかを共有していて一緒にいる時間も増えたし好感度はそれなりに上昇したと思っていたのだが、どうやらそれは筋違いも甚だしかったようである。 

 しかし、あまりにも遠回しな毒舌に危うく気付かないところだった。危ない危ない。

 高度な毒舌である。高度な毒舌って何だ。

「というか、えらく例え話がリアルだったけれど本当にストーキングをしているとかしたことがあるとかそういう訳ではないのよね?」

「断じてそういう訳じゃないから! ストーキングなんてやるか!」

「そう、それは良かったわ。危うく萩嶺君を通報するところだったから」

 今回のことがなくてもお前は僕のことを幾度となく通報しようとしているだろうが。

 さっきだってモクドナルドで通報されかけたし。
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