8-7
「そうだな。ずっと歩いて喉も渇いたし、行くか」
「それじゃあ、行きましょうか」
ガードレールから立ち上がり、僕と宝船は横断歩道を渡すと向かいの道路にあるモクドナルドへと足を運んだ。
◆ ◆ ◆
「いらっしゃいませー」
自動ドアを潜ると同時にレジにいた店員からそんな挨拶を受けた。若干語尾の上がる挨拶を耳にして、僕はクーポンを使うべくスマートフォンをポケットから取り出す。
そして、おそらく僕と同じ考えであろう鞄の中からスマートフォンを取り出した宝船を見て、僕はふと思い付いた提案を彼女にしてみることにした。
「なあ、今日見回りを手伝ったお礼にジュースとか奢ってくれないのか?」
「いやらしいわね」
「いやらしい!? どうしてジュースを催促したくらいでそんなことを言われないといけないんだ!」
「『いやしい』と間違えたわ。ごめんなさい、悪気はあったの」
「あったのかよ!」
相も変わらずどこでも平常運転な宝船。若干の疲労を感じている僕とは違って彼女は全く疲れを感じさせない。やはり、運動神経が良いと悪いでは違うのだろう。普段全く運動をしない僕は明日辺り筋肉痛になっていそうだ。
その後、クーポンを使ってそれぞれ食べたいものを買った僕達は店舗の2階へと上がることにした。以前宝船とモクドナルドに来た時とは違って、今の時間帯はどうやら人は少ないようで、僕達は2階のそれも窓際という中々に良い席を陣取ることが出来た。
「ここからの眺めは中々良いものね」
トレイをテーブルの上に置きながら宝船は言う。
「まるで人がゴミのようだわ」
「おいこら止めろ」
「冗談よ。普段萩嶺君を見る時はまるでゴミを見るかのような目だけれど」
「お前僕のことをそんな目で見ていたのか!? それこそ是非止めろ! 今すぐに!」
宝船にツッコミを入れつつトレイをテーブルの上に置いた僕は彼女の正面の席に腰を下ろす。
「それにしても」
窓から下界を見下ろしながら宝船はストローを銜えてジュースを吸い上げた。
オレンジ色の液体が宝船の口の中に吸い込まれていく。そう言えば、こいつが頼んだのはオレンジジュースだったか。
口に含んだオレンジジュースを飲み込んで、宝船は再度口を開いた。
「……今日は、付き合ってくれてありがとう、萩嶺君」
「え?」
宝船の口から放たれた予想外の言葉に僕はハンバーガーの包み紙を解く手を止めた。
「えっ、ちょっと。もう1回言ってくれるか?」
「……2度は言わないわ」
横目で僕を見て、宝船はそう呟くとまた外の景色へと視線を移してしまった。
聞き違いでなければ、今宝船は僕にお礼を言った。あの宝船が、である。
これは何かの前触れだろうか。
ひょっとすると明日辺り地球が滅びてしまうのではないだろうか。
そんなことを考えてしまうほどに、宝船のお礼というのは意外で、予想外で、奇想天外なものであった。
包み紙を解き終わった僕はハンバーガーを頬張る。口に含んだそれを咀嚼し、特に会話もないまま僕と宝船は互いに外の景色に目をやり続けた。
数分後、僕がハンバーガーを食べ終わり、包み紙を丸めて、ポテトに手を付けようとした時だった。宝船が徐に言葉を発したのである。
「……1つ、聞きたいことがあるのだけれど」
コップをトレイの上に置いて、宝船は僕に問いかける。
「どうして今日は見回りに付き合ってくれたの?」
「どうしてって……お前に誘われたから?」
「そういうことを聞きたい訳じゃないわ。だから、私の誘いを、どうして萩嶺君は受けてくれたのか――それが聞きたいのよ。別に断ってくれてもよかったのに」
断ってくれてもよかったのに――ねえ。
よく言うぜ。どうせ断ったところで強制的に僕を駆り出していたくせに。
「だって、下手すれば見回りって危ないものじゃない? 仮に犯人達に出くわしてしまったら危険だし」
「……だからじゃないか?」
宝船の真意は分からない。
彼女がどうしてそんな質問をするのか――僕にはその理由が分からない、が。
分からないからこそ、僕は脳裏に浮かんだ言葉をそのまま宝船に述べた。
「お前一人じゃ危険だと思ったから、僕はこうして今日お前に付いて来たんだよ」
「……………………そう」
一瞬――ほんの一瞬だけ目を丸くした宝船はテーブルに頬杖を着きながらまたもや外の景色へと視線を移してしまった。
何だろう。何か拙いことでも言ってしまったのだろうか。
僕が悶々とそう考えること数十秒。不意に宝船が立ち上がったかと思えば、俯き加減で彼女はこう言った。
「ちょっと……お手洗いに行ってくるわ」
そして、足早にトイレへと向かう宝船。その後、宝船が戻ってきたのは僕がポテトを半分ほど食べ終わった頃――5分くらい後のことだった。
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