8-5
「待たせたわね、萩嶺君」
「別に構わないよ。どうせ生徒会室で今日の見回りについての注意事項でも言われていたんだろ? あのゆるふわ生徒会長から」
「『ゆるふわ生徒会長』という呼称に対しては後で言及するとして、よく分かったわね」
「まあな。大体、こういうことを行う前にはどこかに集まって作戦会議的なものをするというのが鉄則だからな、二次元では」
「二次元の鉄則を現実に持ち込まないでもらえるかしら。現実と非現実を混同するのはオタクの悪い癖と言うけれど、どうやら本当のことだったみたいね」
そして呆れたように溜息をつく宝船。そう言えば、僕も先程現実と非現実の混同に対して気を付けるように決心したはずなのだが――どうしてこうなった。
「ま、まあ、いいじゃないか。僕がさっき言った『ゆるふわ生徒会長』という単語について言及しようぜ」
「は? 萩嶺君は何を言っているの? この状況下でそんな意味の分からない単語について言及するなんて空気を読めないにも程があるわ」
「お前がさっき後で言及するって言ったんじゃねえか!」
「でも、今言及するとは言っていないわ」
「…………」
確かに。
言われてみればそうである。
「そ、それで? 注意事項っていうのは一体どんなことを言われたんだ?」
「在り来たりなことよ。人気の少ない場所には近づくな、とか。絶対にバラバラで行動しない、とか――まあ、本当にありがちな注意事項よ。特に二次元とかではね」
「お前もさり気無く現実と非現実を混同していないか?」
「それはさておきあなたが先程口にした『ゆるふわ生徒会長』という謎の単語について議論しましょうか」
「しねえよ。お前こそ空気読め」
というか、絶対お前自分の間違いを隠すために話を逸らそうとしているだろ。
僕には分かる。
何故なら先程の僕がそうだったからだ。
…………。
「……ねえ、萩嶺君」
「どうした」
「私達、こんなところでこんなどうでもいい会話を交わしている場合ではないと思うの」
「奇遇だな、僕もお前と同じ考えだ」
「こうしている間にもどこかで珠玖泉高校の生徒が恐喝の被害に遭っているかも知れない――それならば、私達は今すぐにこの部室から出るべきだわ」
「そうだな、一刻も早く外に出よう」
これ以上間違いを積み上げて精神的ダメージで自爆しないように。
◆ ◆ ◆
珠玖泉高校の正門を潜り、校外へと繰り出した僕と宝船は繁華街へと足を進めていた。というのも、最初に恐喝事件が起こったのがその繁華街の路地裏だからである。表通りは人通りも多く、沢山の店が存在する活気ある場所だが、裏通りはほとんど人通りがなく、薄暗い。こういった場所が、犯人達が恐喝を行う絶好の場所となる。
しかも、この繁華街には数多の入り乱れた路地が存在し、人々の目が行き届いていない裏通りがあることも事件を引き起こしやすくなっている――と、僕は考えている。まあ、これも二次元の世界で得た知識なのだが、現実世界でもこれは変わらないだろう。
「……それにしても」
繁華街の入り口が見えてきた辺りで僕は宝船にこう問いかけた。
「付き人が僕で良かったのか? 自分で言うのも何だが、一日中オタク趣味に耽っているこの僕が突然の事態に対応できるとは思えないんだけど。主に、お前を守ったりとか」
「その点は心配いらないわ。私はあなたから守ってもらおうなんてこれっぽっちも思っていないもの」
「何だ、お前強かったりするのか?」
まあ、運動神経抜群の宝船のことである。部活に所属していないだけで、本当は彩楓のように強いのかも知れな――。
「違うわ。あなたが私を守ってくれるという期待を全くしていないだけの話よ」
「……さいですか」
「安心して、いざと言う時は盾くらいには使って上げる」
「使うな! そして全く安心できねえよ!」
僕と宝船は繁華街に足を踏み入れる。珠玖泉高校の校舎がある場所はこちらよりも若干ながら比較的田舎であるため、建物は未だしも人の数が一気に増大するというのはまるで別世界に転移してしまったような、そんな感覚を覚えてしまう。
ああ、あのラノベの主人公は異世界に召喚された時にこんな感情だったのか――という感想も抱くことができる。だからどうしたというのか。
ちなみにこれは余談だが、僕の行きつけであるアニメテオもこの繁華街に位置している。この見回りが終わったら帰りにでも寄るか。特に買うものはないが、オタク関連の商品を見ているだけでも僕は幸せになれる。
「さて、どちらに行きましょうか」
今僕達が歩いてきた学校の方へと通じる脇道を背に、宝船が左右に延びる大通りを交互に見通しながら誰にでもなく呟く。ひょっとしたら僕に対して呟いたかも知れないが、特に返す言葉も見つからなかったので、ここはあえてスルーしておくことにする。
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