8-1
ある日の放課後、帰りのホームルームを終えた僕はいつもの如く閑静な部室棟の廊下を歩いていた。時間的には他の運動部も部室で着替えやら練習の準備やらを行っている時間帯なのだが、1階にはそもそもオタ研以外の部活の部室があまりないことを最近知った。
まあ、静かなのはいいことである。
集中して、しかも気兼ねなくオタク趣味に耽ることができるというのは最高だ。
「あいつがいなければ、の話だけど」
脳裏に宝船の姿を思い浮かべながら僕は呟く。放課後で賑わう教室を出る際、既に宝船の姿はなかったのでまた僕よりも先に部室に先回りしてそこに居座っているのだろう。
「……はあ」
溜息。
最近はただでさえアニメを観るために毎週必ず1日は僕の家にあいつを招いているというのに……部室でさえも顔を合わせないといけないとは。
まさに憂鬱である。
僕はただ1人静かにオタク趣味に浸っていたいだけなのに。
「アニメだって絶対自分の家のパソコンで観た方が効率的だよなあ……最近のあいつの考えは分からん」
この前のテスト後の休日のことだってそうだ。
僕の家に来て、アニメを観て、公園で外食し、そして別れた。
結局あいつは何がしたかったのだろう。
頭の中を疑念が渦巻く中、僕はオタ研の部室の入り口に辿り着く。
「……まあ、分からないことを考えても仕方ないか」
諦めた訳じゃない。ただ、考えるのを後回しにしただけだ。
本当だよ?
部室の扉に手を掛けてそれを左に引く。
視界に広がった部室の風景。
そこに宝船の姿はなかった。
「あれ?」
予想外の展開に僕は怪訝な声を上げてしまっていた。いや、決していて欲しかった訳ではないが、いつもなら僕よりも先に生徒会役員の部活見回り――と称してこの部室にやってきているはずなので少し驚いてしまったのである。
「まあ、いいか」
鞄を長テーブルの上に置き、僕はいつもの所定のパイプ椅子に腰を下ろす。
「あいつがいないならいないでそれはそれで大丈夫だ。むしろ好都合だな。最近はあいつと話すせいでゲームもろくにクリアできないし、あいつが来る前に出来るだけ消化しておくか……なるほど、まさにこれこそ鬼の居ぬ間に洗濯という奴なんだな。勉強になる」
「誰が鬼なのかしら」
鞄から携帯ゲーム機を取り出したところで聞こえてきたその声に僕はこう着する。何とか顔を動かして部室の入り口を見てみれば、そこにはいつの間にか腕組みをしてこちらを睨んでいる宝船の姿があった。
「……よ、よお、遅かったな」
とりあえず話を逸らす僕。宝船にはこのまま話を逸らして今の言葉を忘れてもらおう。そうしよう。
「何か用事でもあったのか?」
「ちょっと生徒会の方にね。会長から役員の方に伝達事項があったから、それを聞いた後に、普段通り部室の見回りと称してここに来たって訳」
「なるほど、それはご苦労様だな」
「それはどうもありがとう。労いの言葉感謝するわ……ところで萩嶺君」
言って、宝船は逆に恐怖を感じるほどの満面の笑みを浮かべて僕にこう問いかけた。
「一体全体どこの誰が鬼ですって?」
ちぃっ! 忘れていなかったか!
しかし、それはそれで当然か。今くらいの話題転換で前の話題を忘れるのは僕の知っている限りでは彩楓くらいのものである。
宝船は天才で彩楓は馬鹿。
馬鹿と天才は紙一重とか言うが実質嘘だろあんな諺なんか。
ちなみに、これは余談だが宝船の中間テストの学年順位は第1位であった。
彩楓の方は――まあ、これはあいつのプライバシーのためにも言わないでおこう。
「……い、嫌だなあ、僕がお前のことを鬼だなんて、そんなことを言う訳がないじゃないか」
「あら、そういうものかしら」
「そ、そういうものだよ。だって僕だよ? この萩嶺直斗がだよ? お前のことを――って言うか、誰かのことを鬼呼ばわりなんて、そんな酷いことを言うはずがないじゃないか」
「なるほど、一理あるわね……ところで萩嶺君」
「何だ?」
「とりあえず謝りましょうか」
「申し訳御座いませんでした」
即座に腰を90度に曲げて頭を下げる僕。結局の所、僕の話術程度じゃ宝船を言い包めることなど不可能だった。
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