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オタク研究会は現在新入部員を募集していません。 作者:二三四五六七

第7章

7-4

「はあ……分かった、分かったよ。アニメでも何でも好きにすればいい」

「流石は萩嶺君ね。見直すほどのことではなかったけれど」

「見直さねえのかよ」

 その後、自宅へと宝船を招き入れた僕は彼女をリビングへと案内した。この前勉強会で使用したテーブルに宝船を座らせて、僕は彼女にリモコンを差し出す。

「勝手に観てくれてていいから」

「それはありがたいけれど……萩嶺君はどうするの?」

「僕はもう一度観たからな。飲み物でも持ってくるよ」

「あら、案外気が利くのね。意外だわ」

「ほっとけ」

 宝船の嫌味を出来るだけスルーしながら僕はキッチンへと向かう。冷蔵庫から麦茶を取り出し、食器棚からコップを2つ取り出したところで僕は思い出した。

 そう言えば、僕は宝船と会うための心の準備が出来ていなかったのではなかったか。

 連絡先を交換した後の僕は確かに宝船に対してどんな顔をすればいいのか分からなかったし、どんな話をしたらいいのかも分からなかった。実際、テスト期間が終わるまでは全く口も利かなかったし、だから今日の朝だってあんなあまりの初々しさに死にたくなるような考えさえも浮かんでいたのだ。

 だが、現実はどうだ。

 僕はこうして普通に宝船と話しているじゃないか。

 中間テスト前と同じように、いつも通りに。

 会話をすることが出来ているじゃないか。

「……実際こんなものなのかもな」

 コップに向かってペットボトルを傾けながら僕は呟く。

 大体、連絡先の交換くらいで僕はあらぬ考えを抱き過ぎていたのだ。

 しかし、我ながらそれも仕方のないことだと思う。

 普段人とほとんど関わりを持たない僕が誰かと連絡先を交換したのだ。

 それも男子なら未だしも女子と。

 あらぬ不安や余計な心配をしてしまうのも致し方ないというものだ。

 たかが連絡先を交換しただけ。

 されど連絡先を交換しただけ。

 そんな単純で重要な作業の価値観というのはやはり、人それぞれなのだろう。

「……さて、と」

 麦茶の注がれた2つのコップをトレイに載せ、僕はそれを持ち上げる。

「リビングに戻るか」


 ◆ ◆ ◆


 リビングでは既に宝船が『魔導少女マジカル☆リオ』を観ていた。

 今流れているのは、主人公であるリオが前回発動させた新たなる力を使用したことで疲労し、学校に遅刻して先生に怒られている――というシチュエーションである。

 どうやら、宝船はまだ僕が戻ってきたことに気付いていないらしく、ただ呆然とテレビ画面を見つめていた。僕が麦茶をテーブルに持って行こうとした時、テレビ画面の向こう側で先生の説教の終了に安堵の息をつくリオを観て、宝船がこう呟くのが聞こえた。

「……リオたんマジ女神ね」

 危うくトレイを落としそうになった。

「うわっ、っと」

 何とか体勢を立て直し、僕はリオと同じく安堵の息をつく。しかし、安心したのも束の間――気付けば、宝船が今朝彩楓の母が見せたような満面の笑みをこちらに見せていて。

「……今の私の言葉、聞いた?」

 と、僕にそう質問をしてきた。若干ながら、宝船の体からどす黒いオーラのようなものが湧き上がっているように見えるのは気のせいだろうか。

「……い、いやー、何も聞いていないな。うん、何も聞いていない。ていうか、何も聞こえなかった」

「……本当に?」

「あ、ああ、本当だよ。最近どうも耳の調子が悪くてさ。だからさっきのお前の言葉も聞こえなかったんだよなあ、うん」

「そう、それなら1つ質問するけれど、その耳の調子が悪い萩嶺君が今こうして私と普通に会話できているのは何故?」

 ぬ、抜かった!

 我ながらこんな凡ミスをしてしまうとは……!

 ていうか、耳の調子が悪いって何だよ。もう少しマシな誤魔化し方があっただろうに。僕の馬鹿野郎め。

「……まあ、聞かれてしまったのなら仕方がないわね」

 満面の笑みを解いて、幻だか何だか知らないがそのどす黒いオーラを引っ込めつつ、宝船はテレビ画面へと再度向き直った。

「他人の家で思わずあんなことを呟いてしまった私も悪いし」

「そ、そうか、それは良かった……」

 本日2度目の安堵の息をついて、僕は持っていたトレイをテーブルに置くと宝船の向かいの席に腰を下ろした。

「ほ、ほらよ、麦茶」

「え? ああ、うん、ありがとう。戴くわ」

 またアニメに集中していたのだろう。僕の言葉に一瞬怪訝な返答をしてから、我に返ったように宝船は麦茶のコップを取った。
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