7-2
「直斗は宝船さんが来たら嬉しくないの?」
「だからどうしてそうなるんだよ。あいつが来たところで嬉しくもなければ嫌でもない。つまりどちらでもいいってことだ」
「……そっか」
なるほど――と彩楓が立ち上がる。ベランダの塀の奥から改めて現れた彩楓の顔は何故か嬉しそうな笑顔が浮かんでいた。
「それじゃあ、今度宝船さんも一緒に3人でカラオケに行きますかっ」
「そうだな。僕はゲームをしているから2人で歌っていてくれ」
「カラオケに行くのにゲームは禁止ですー。直斗にはタンバリンという重要な役柄があるんだから」
「僕結局歌ってないじゃん」
態々カラオケに行って場の盛り上げに徹するだけとかそれこそゲームを持って行った方がいい。
てか、家でゲームをした方がいい。
「明日宝船さん空いてるかな?」
「自分で確かめればいいじゃないか。メールアドレス交換したんだろ?」
「え? あたし――って、あ、ああ、そうだったね、そう言えば」
どこか焦ったように苦笑する彩楓。大体こいつがこういうリアクションを取る時は僕に対して何かを誤魔化している時名のだが――何を誤魔化しているのかが分からない。
「あ、今の直斗の言葉で思い出したんだけどさ」
「何だ?」
「実はこの前の勉強会の前に宝船さんと連絡先交換したんだけど。その時はあたしが赤外線で宝船さんに送って、それから宝船さんがあたしに空メールを送ってくれたんだよ。そこまでは良かったんだけど……あたし、宝船さんの連絡先登録する前に間違ってその空メール消しちゃって」
「何やってんだお前は……」
溜息しか出ない。
「バカなのは頭だけにしろ。行動までバカでどうする」
「えへへ、ごめんごめん――って何かあたし今物凄く酷いことを言われなかった?」
「要するに、お前は間違って消してしまった宝船のメールアドレスが欲しいってことだな?」
「う、うん、まあ、そんなところ」
「仕方ないな……僕から送ってやるよ」
「あ、ありがと直斗。助かるよ」
「おう――おう?」
はて、何だろうこの違和感は。
気のせいだろうか。
「直斗? どうかしたの?」
彩楓の声で我に返った時には既に彼女がスマートフォンをこちらに向けているところだった。
「い、いや、何でもない」
先程の彩楓と同じように苦笑を浮かべて誤魔化しながら僕は宝船の連絡先を赤外線で彩楓に送信する。
液晶画面に表示される『送信完了』の文字――その文字が表示されると同時に僕達はお互いにスマートフォンを向け合うのを止めた。
「よし、宝船さんの連絡先再度入手完了っ。ありがとね、直斗。助かったよ」
「まあ、元々お前に教えていたみたいだし、多分あいつからは何も言われないだろ」
「そうだね……って、そろそろあたし準備しないと。それじゃあね、直斗。カラオケの日取り決まったら連絡する」
「おう、それじゃあまたな」
彩楓はベランダから部屋に入ると窓を施錠してカーテンを閉めた。彼女の姿が完全に見えなくなったところで僕も部屋に戻り、窓を施錠してカーテンを閉める。
電灯が点けられた部屋で僕は机に座って携帯型ゲーム機を手に取る。
ゲーム機の電源を入れ、ゲームのタイトルが液晶画面に表示されたところで僕は先程の違和感の正体を理解した。
「……そう言えば」
どうして彩楓は僕が宝船の連絡先を持っていることに何の疑問も抱かなかったのだろう。
果てしなくどうでもいい違和感なのだが、僕はそれを考えずにいられなかった。
僕が何故宝船の連絡先を知っているのか――その経緯くらい聞いてきてもよさそうだが。
「……まあいいか」
僕は勝手にそう納得する。いや、そもそも納得するも何も彩楓のああいう反応の方が自然なのかも知れない。
実際の所、僕が宝船のメールアドレスを知っていることはそこまで不自然なことではないだろう。同じクラスだし、生徒会の手伝いをしたことはあるし……オタク関連の関係性を省いたら僕と宝船って全然コミュニケーションを取っていないことになっているんだな。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。