7-1
珠玖泉高校では中間テストや期末テストの後にある最初の月曜日が必ず休日になることが決まっている。いわゆる、テスト期間を乗り越えた生徒達に対する労いの休日なのだろうが、まあ、何にしても休日が増えるというのは良いことである。
そんなこんなで、中間テスト後の三連休最初の休日――その日の昼間、僕はベランダ越しに彩楓と会話していた。
「はあ……終わった、色々な意味で」
ベランダに干された布団の如く項垂れている彩楓。溜息混じりに愕然と呟いた彼女はその状態のまま言葉を紡いでいく。
「何なんだろうね。テスト期間中はテスト勉強なんて面倒でやってられないって思うのに、終わった後でもう少し勉強しておけばよかったっていうこの後悔は本当に何なんだろうね」
「お前ってベタな人間なんだな」
「あはは……どうせあたしは脂ぎってますよ」
「いや、そういう意味でのベタじゃない」
「あーもーっ!」
不意に体を起こした彩楓は布巾に木霊するほどの声量で力任せに叫んだ。
「どうしてテストなんてあるんだーっ! テストなんて無くなればいいのにーっ!」
「彩楓、近所迷惑だぞ」
「近所迷惑なんて知らないもん! このあたしの中にあるモヤモヤとした気持ちを鎮めるためにはご近所さんに犠牲になって――」
すると、不意に彩楓の後方で部屋の扉が開いた。そこには何故か満面の笑みを浮かべている彩楓の母がいて。
「彩楓、あまり騒ぐの今日のおかずあなたの分だけ一品抜くわよ?」
「止めてお母さん! そんなことされたらあたし死んじゃう!」
いや、死なないだろ。
「死にたくなかったらご近所に迷惑になるようなことは止めなさい。分かったわね?」
「りょ、了解ですっ!」
ここだけ聞くと物凄い会話である。
彩楓の母は、彼女の土下座を(それが要因なのかは知らないが)目にすると、「よろしい」と一言だけ言って部屋を後にした。数秒後、土下座をしていた彩楓がゆっくりと立ち上がって再度ベランダへとやってくると、周囲を囲っている桟に頬杖を着く形で僕と向き合った。
「夕飯のおかず一品抜くとか……我が母親ながら、極悪非道なことをするよねー」
「夕飯のおかず抜かれそうになっただけで極悪非道とか言うな。お前の中での『食事』という行為はどれだけ重要なんだよ」
「あたしにとって『食事』は空気を吸うのと同じくらい大切なことだよ」
「上手いこと言ったと言いたげにドヤ顔をしているが、それは全人類に共通して言えることだからな?」
「そんな!? それじゃあ、あたしの『食事』に対する熱意はどうやって相手に伝えればいいの!?」
「まずは国語辞典を持ってだな」
「分かった! それを相手に投げるんだね!」
「投げてどうする! それで相手に伝わるのは痛みだけだ!」
相変わらず訳の分からないことを言う奴である――と、僕がそんなことを思っていると、彩楓が徐にポケットからスマートフォンを取り出した。
「……あと1時間くらいで部活かあ」
「憂鬱そうな口調だな。部活バカのお前が珍しい」
「ぶ、部活バカとかゆーなっ。た、確かに部活は楽しいけど、何か今日はどこかに出かけたい気分なんだよね。テストの後だけに」
「まあ、その気持ちは分からないでもないが」
「でしょ? だから何と言うか……明日カラオケでも行く?」
「明日かよ。突然だな」
「……勿論宝船さんも一緒に」
「どうしてあいつがもれなく付いて来るんだよ」
「べっつにー」
どこか不貞腐れたような口ぶりで彩楓はベランダの桟を掴むとしゃがんだ。ベランダを取り囲んでいる塀が邪魔をして、現在僕が彩楓を認識できる部分は桟を掴んでいる彼女の両手だけとなった。
「宝船さんも来た方が直斗も喜ぶかなー、って」
「どうしてあいつが来たら僕が喜ぶんだよ。意味が分からねえよ」
どちらかと言うと会いたくない。
更に言えばまだ会うための心の準備が出来ていない。
あんなことが――メールアドレスを交換するという出来事があった後では宝船にどんな顔をして会ったらいいのか分からない。
……初々しすぎだろ。
好きな男子のメールアドレスを聞き出すことに成功して悶える女子か。
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