6-12
「……これで連絡先の交換は完了ね」
宝船は持っていた鞄にスマートフォンを仕舞う。それから彼女は玄関扉を押し開けた――茜色の光に包まれながら、今一度僕を振り向いた宝船はこう言うのだった。
「それじゃあ、また明日ね。萩嶺君」
その言葉を最後に、宝船は再度我が家を後にした。夕焼けの光を失い、玄関が再び薄暗い闇に包まれる。
「…………」
静寂の中、僕は玄関に暫しの間呆然と立ち尽くしていた。それは、未だに信じられなかったからだ。僕と同じオタクとは言え、あの宝船が――完璧超人で八方美人の宝船が僕と連絡先を交換するなんて。
普通なら、信じられなくて当然だ。
そもそも、信じる信じないの前にそれは起こり得ない現象だ。
しかし――。
「…………」
無言でスマートフォンの画面を見下ろす。そこには紛れもなく宝船の連絡先が登録されている。
「……夢じゃないよな」
呟いて、僕は頬を抓る。
普通に痛くて涙が出た。
「痛いってことは……夢じゃない」
呆然と呟く。そこから僕はまた魂のない抜け殻のように玄関に棒立ちとなり――。
――――。
「ん?」
何か物音が聞こえたような気がして、僕は我に返った。
何の音だろう。部屋に置いてきたゲーム機か勉強道具でも床に落ちたか。
いや、そもそも今物音なんて聞こえたのか。
きっと空耳だろう。ふわふわとした精神が僕の意識をリセットさせるべく勝手に鼓膜を震わせたのだ。
頬を軽く両手で叩いて、スマートフォンをポケットに仕舞うと僕は階段をゆっくりと上り始める。
2階の自分の部屋に辿り着いた僕は部屋の電気を点けようとして開けたままとなっていたベランダの窓のカーテンを視界に捉えた。
薄暗い部屋を照らし出している茜色の光――僕は部屋の灯りを点けると、そのまま部屋の中を横切ってカーテンを閉めた。
それから次に机の上に出したままとなっている勉強道具を発見した。それらを全て本棚や学校の鞄の中に戻し、僕は机の椅子に座る。
充電中の携帯型ゲーム機。
それ以外に何もなくなった机に1度うつ伏せ、その後に何となくゲーム機を手に取り、僕はそのままやりかけのゲームを開始した。
ゲーム機のボタンを操作し、僕はキャラクターを操作して出現する敵を薙ぎ倒していく。倒して、倒して、倒して、ラスボスを倒して、そのダンジョンをクリアしたところでポケットに入っているスマートフォンが震えた。
スマートフォンを取り出し、ロック画面を解除すると液晶画面に『新着メール1件』の文字が表示されていた。スマートフォンを操作し、メールボックスを開く。メールの差出人は彩楓であり、その内容は本日の夕飯が完成したという知らせだった。
「…………」
はて、何か彩楓に伝えることがあったような気がするのだが……何だっただろう。
ゲーム機を片手に綺麗さっぱり片付けられた机を前に僕は考える。しかし、考えは募るばかりで一向に思い出せない。
「……まあ、いいか」
思い出せないということはそこまで重要な事柄ではなかったということだろう。
「いずれ思い出すさ」
そう言って、僕はゲームデータをセーブする。
数秒後、セーブが終了した。ゲーム機の電源を落とし、僕はそれを机の上に置くと椅子から立ち上がる。
スマートフォンをポケットに入れ、僕は部屋の扉を押し開ける。
それから部屋の灯りを消すと、僕はそのまま部屋を出た。
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