6-11
玄関に辿り着いた僕は草履を履いて玄関扉を開ける。薄暗い玄関に射し込む夕焼けの光――茜色の世界に佇んでいたのは宝船だった。
「何だお前か……誰か来たのかと思ったよ」
「私で悪かったわね。躑躅森さんかと思った?」
「いや、別にそういう訳じゃないけど」
「そう、それは良かったわ」
「…………」
「…………」
おい、何故黙る。
「……で?」
「え?」
「いや、『え?』じゃなくて。何か忘れ物でもしたのか? こうして僕の家をまた訪ねてきたということは、何かしらの用事があるんだろ?」
「え、ええ、まあ……」
「……まさか、もう一度訪ねてきたフリをしつつ実は用事も何もないという新手のピンポンダッシュじゃないだろうな」
「そ、そんな訳ないでしょう」
いやいや、お前の性格なら充分にありえる。
「それで? ピンポンダッシュじゃないなら一体何の用だ?」
「……ま」
「ま?」
「ま、『魔導少女マジカル☆リオ』が放送されている時間帯をもう一度聞こうと思って……」
「……それだけ?」
呆れ顔で問いかける。すると、宝船は俯き加減のまま小さく頷いた。
「あ、ああ、そう。えっと……こっちの地域では木曜の深夜で、実質金曜日の早朝だ」
「そ、そう言えばそうだったわね。今度こそ憶えたわ」
「お、おう、それは良かった」
「え、ええ、本当に」
「…………」
「…………」
だから何故黙る。
「えっと、用はそれだけか?」
「え? え、ええ、まあ、そうね」
「そうか。それじゃあその……また明日学校で」
「ええ、それじゃあまた……」
玄関扉を押し開けようとして宝船は動作を停止させる。こちらに背を向けたまま動こうとしない宝船に僕が首を傾げた時だった。
「……あ、あのね、萩嶺君」
徐に宝船がそう言ったのだ。こちらに背を向けたまま――僕に向かって、そう語りかけてきたのだ。
宝船の手が玄関扉のドアノブから離れる。今日何度目か分からない静寂の時が流れる中、不意にこちらを振り返った宝船は僕に向かって予想だにしない提案をしてきた。
「連絡先……交換しない?」
「……………………は?」
あまりの予想外の言葉に、僕の思考はほんの一瞬だけ停止した。そして、僕の思考が再起動し、宝船の言葉を噛み締め、その意味を導き出すまでにおよそ10秒――その後、僕は何とも間抜けで空気の抜けるような一言を彼女に返してしまった。
「れ、れんりゃくしゃっ」
噛んだ。
いかん、凄まじくありえない展開に動揺を隠せていない。
落ち着け、とりあえず落ち着くんだ僕。
「……れ、連絡先を交換、だって?」
「……そうよ」
「誰と誰の?」
「私とあなたの連絡先に決まっているじゃない」
「……マジで?」
「私は本気よ。冗談のつもりはないわ」
「…………」
何だ。
何だ何だ、この展開は。
宝船が僕と連絡先を交換したい? 馬鹿な、こいつは僕のことを友達とすら思っていないんだぞ?
……ああ、なるほど。
そういうことか。
また『アニメテオ』とかに行く時に僕をすぐにでも呼び出せるように――的な? 多分そういうことなんだろ?
「……僕と連絡先を交換したいって、その、何で?」
「特に理由はないわ。強いて言うなら、躑躅森さんと今日連絡先を交換したから、ついでにあなたの連絡先も知りたいと思った――ただそれだけのことよ」
「……ああそう」
それは何と言うか……若干ながら残念と言うか。
まあ、そんなことだろうと思ってはいたが。
「分かったよ。ついででも何でも、態々こうして僕の家をもう一度訪ねてまで僕の連絡先を尋ねてきた奴を追い返すような非道な真似はしないさ」
そう言いながら僕はスマートフォンをポケットから取り出す。すると、玄関に立つ宝船は少し驚いたような表情を見せた後、安堵したような笑みと言葉でこう言った。
「そう……それは良かったわ」
そして、僕達は連絡先を交換した。
誰かと連絡先を交換するということ――それは途轍もなく重要な事柄なのに、こんな素っ気ない表現は如何なものかと思うのだが、赤外線ですぐに連絡先をデータとして誰かのスマートフォンや携帯電話に飛ばせる時代となっている今の世の中であるからこそ、このような簡素な表現の方が逆に当て嵌まっているとも僕は考えてしまう。
まあ、そんなことはどちらでもいい。
兎にも角にも、僕は宝船と連絡先を交換した。
互いのスマートフォンに互いの連絡先を送信し合い、受信し合った。
アドレス帳を開き、本当に宝船の連絡先が追加されているか確認する。起動させたアドレス帳には確かに宝船の連絡先が登録されていた。メールアドレスに電話番号、ご丁寧に住所まで記されている。
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