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オタク研究会は現在新入部員を募集していません。 作者:二三四五六七

第6章

6-10

 彩楓に呆れた視線を送りながら僕は彼女の持つ洗濯かごの中を覗き込む。中には沢山のタッパーが詰め込まれていた。

「お母さんが、きちんとした料理を作れなくてごめんなさい――だって。言ってくれていたらもう少し立派な料理を作ってくれたみたい」

「いやいや、まず昼食を作ってくれるだけありがたいよ」

「ほとんど昨日の残り物だけどね。嫌ならあたしが全部食べるけど」

「それはお前が食べたいだけだろうが」

 さり気無く言っているが魂胆は見え見えな彩楓なのであった。


 ◆ ◆ ◆


 その後、リビングのテーブルで昼食を食べ終えた僕達は一度片付けた勉強道具を再度その場所に広げて勉強会を再開した。アニメを観たりゲームをしたりする時と比べればゆっくりだったが、しかし、それでも勉強に集中していると時間はあっという間に過ぎて行った。まあ、集中していたのは僕と宝船で、彩楓はその大半の時間を睡眠に費やしていたが。

 そして、午後6時。この時間に、勉強会はお開きになることになった。

「ふわ……ねむ」

「お前、今日何しに僕の家に来たんだよ」

 玄関で靴を履いている彩楓を見下ろして言う僕。欠伸をした彼女は目の端に溢れた涙を指先で拭いながら立ち上がる。

「し、仕方ないじゃん。眠い時は寝ないと体に悪いんだよ?」

「なるほどな。お前は体の健康状態の維持と引き換えに赤点を手に入れる訳だ」

「だから不吉なこと言わないでって!」

 涙目で叫ぶ彩楓。だが、いくら泣いたって過ぎた時間は戻って来ないのである。

「あー、テストどうしよ。諦めて今から走りに行こうかな……」

「僕は止めないぞ」

「せめて引き止めてよ!」

 愕然とする彩楓。そんな彼女の隣で宝船がクスッと小さく笑って口を開く。

「萩嶺君と躑躅森さんは本当に仲が良いのね。流石は幼馴染だわ」

「そんなことねえよ。こいつとは確かに幼馴染だけど単なる腐れ縁ってだけで――って危ないっ!」

 突如繰り出された彩楓の拳を何とか回避する僕。

「急に何をするんだお前は!」

「う、うるさい! 直斗が腐れ縁とか言うから!」

「僕の体に穴が空いたらどうする!」

「あたしの拳にそんな威力はないから!」

 全くもう――と溜息をついて彩楓は僕に背を向けて玄関と対峙する。

「宝船さん、直斗なんか放っておいて帰ろう。駅まで送るから」

「それは嬉しい提案だけれど、私は大丈夫よ。躑躅森さんの家はこの家の隣な訳だし、今日も朝駅まで迎えに来てもらったし、これ以上迷惑をかける訳にはいかないわ」

「そう? それじゃあ、あたしの家の前まで一緒に行こっか」

「そうね」

 彩楓の提案に頷いた宝船はこちらを振り返る。

「それじゃあまたね、萩嶺君。明日また学校で」

「おう、また明日な」

 彩楓が玄関を開けて外に出る。それから、宝船も彼女に続いて我が家を後にした。僕以外誰もいなくなった萩嶺家――僕は玄関扉に鍵をかけて、勉強道具を部屋に持ち帰るべくリビングに戻る。

「あれ?」

 すると、僕はテーブルの上に置きっ放しになっている筆箱を発見した。確かあれは彩楓が使っていたものだったか。

「寝惚けて忘れて行ったか……まあ、自業自得だな」

 ペンを一本とか消しゴムを忘れるとかならともかく筆箱を丸ごと忘れていくとは――彩楓のテストに対する意識の薄さが感じられる。

「後でメールして取りに来させるかな」

 言いながら僕は自分の勉強道具と一緒に彩楓の筆箱を持ち上げる。それからリビングを出て階段を上り、部屋に戻った僕は机の上に勉強道具一式を置いた。

 テストが近いとは言え、今日あれだけ勉強すれば充分だろう。テスト前にノルマも何もないだろうが、一定の勉強量は超過したはずだ。

「……ゲームでもするか」

 呟いて、僕は机の上で充電器に繋がれていた携帯ゲーム機を掴む。

 それと同時に、1階からインターホンが聞こえてきた。

「ん?」

 誰か、来た?

 いや、インターホンが鳴った時点で誰か来たのは明確なのだが、そもそも僕には友達がいないので今回の勉強会のようなイベントを元々予定していなければ、我が家に来客なんてありえないのである。自分で言ってて悲しくなってくるが、それが現実なので致し方ない。

 こんな休日に、しかもこんな時間にこの家のインターホンを鳴らす人物……?

「特に通販で買い物もしていないしなあ……」

 そう言って、僕は掴んでいたゲーム機をとりあえず机の上に置き直すと部屋を出て1階に下りた。
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