5-11
「やっぱり直斗だ。どうしたの? こんなところで」
「お前こそ、こんなところで何してるんだよ」
「空手部の部室が3階にあるんだよ。もう部活終わったからね」
「ふーん……って、えっ、もうそんな時間なのか」
ポケットからスマートフォンを取り出し現在時刻を確認する。確かに、気付けば我が珠玖泉高校の最終下校時刻が迫りつつあった。
「それで? 直斗はここで何してるの?」
「ちょっと資材倉庫の整理をな」
「整理? 何で直斗がそんなことをしてるの?」
「生徒会の仕事の手伝いに駆り出されてな」
「直斗って生徒会に入ったの?」
「入ってねえよ。だから、僕が生徒会の手伝いをしているのは……えっと」
「私が萩嶺君に頼んだのよ、躑躅森さん」
僕が彩楓に現状の説明を言いあぐねていると宝船が会話に介入し、助け舟を出してくれた。
「丁度、生徒会長から私が指示を受けた時に萩嶺君を見つけてね。私が協力をお願いしたら、萩嶺君は快く了承してくれたの。それで――」
宝船が彩楓に現在に至るまでの説明を開始する。僕がほっと安堵の息をついていると、後ろから肩を叩かれた。僕が後ろを振り向くと同時に、吹ノ戸先輩が耳元にこう囁いてきた。
「ねえ、あの人誰?」
「あいつですか? あいつは躑躅森彩楓と言って、僕の幼馴染です」
「へーっ、幼馴染なんだ」
感心したような声を上げる吹ノ戸先輩。この人の価値観では幼馴染という存在はそれだけ凄い存在なのだろうか。
「ひょっとして、家同士が隣だったりするの?」
「それはまあ、そうですね」
「ふーん……なるほどなるほど」
言って、何やらスカートのポケットからメモ帳を取り出した吹ノ戸先輩はそこにシャープペンシルで何かを書き込んでいく。
「何を書いてるんですか?」
「まあまあ、気にしないで気にしないで」
僕が追究しても吹ノ戸先輩は何を書いているのか教えてくれなかった。気にならないと言えば嘘になるが、丁度宝船による彩楓への現状説明が終わりそうだったので、とりあえず今の一件は保留にすることにした。
「――とまあ、そんな訳で、萩嶺君は私達の手伝いをしてくれることになったの」
「そ、そうだったのか……何て壮大なストーリー……!」
「壮大?」
宝船、お前彩楓にどんな説明をしやがった。
「とりあえず、直斗がどうしてここにいるのかは分かったよ。でも、珍しいね。直斗が誰かの手伝いをするなんて」
「そうか? そんなことないだろ」
「そうかな? 最近は直斗に助けられなくなったから忘れちゃったよ」
「お前はもう僕なんかの助けを借りなくても大丈夫だろ」
「まあね……でも」
「……でも?」
「ううん、何でもない」
首を横に振る彩楓。その時の表情がどこか寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。
「さーてっ。あたしも着替えたらここの整理を手伝っちゃおうかな!」
「おい待て。どうしてそうなる」
「あたしが直斗の幼馴染だから!」
「それは理由にならないだろ」
「という訳で、早速着替えてくるね!」
「だからお前は人の話を聞けって!」
しかし、僕のその言葉が届くはずもなく。彩楓はそのまま空手部の部室へと小走りで立ち去ってしまった。
「面白い人ね、躑躅森さん」
僕の隣にやってきた宝船が先程まで彩楓がいた資材倉庫の入り口を見ながらそう言った。
「あれは面白いって言葉だけで済ませていいのか」
「いいんじゃない? 私がそう思えているのだから、大丈夫よ」
「それってお前の主観じゃねえか。僕の意見も聞いてくれよ」
「全力で却下」
「何でだよ! 少しくらい聞いてくれよ!」
「あなたの意見を聞くなんて、ボールペンの芯を出しっ放しにしておくことくらいに無駄なことだわ」
「よく分からないけどそれは僕の貶しているってことでいいんだよな?」
それからも暫し宝船と僕の会話は続いた。会話とは言っても、宝船からの暴言に対して僕が反論する――という形式の言葉の交わし合いが続いただけだが。
最早言葉のキャッチボールどころか言葉の千本ノックである。
そして、そんなスパルタな会話が続いていた最中。
「……これは色々と面白くなりそう」
という、そんな吹ノ戸先輩の楽しげな声が聞こえた――ような。
そんな気がした。
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