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オタク研究会は現在新入部員を募集していません。 作者:二三四五六七

第5章

5-5

「そうだったの……それは意外ね。躑躅森さんは勝手に料理ができる人だと思い込んでいたわ」

「残念ながらできないな。時に、そういうお前はどうなんだ?」

「……前に私の手料理を家族に振る舞ったことがあるのだけれど、その時の感想が『お前の作る料理は何と言うか、独創的だな。まるで宇宙服も無しに宇宙空間に投げ出されたようだ』――という感じのものだったわ」

「宇宙服も無しに宇宙空間に投げ出されたようだって、それって遠まわしにお前の料理を食べて死ぬところだったって言いたかったんじゃないのか?」

「そんな質問をする以前に私の今の体験談を聞いた時点で察しなさい」

「はい、ごめんなさい」

 平謝りする僕。だってこいつ怖いんだもん。

「しかし、お前も料理が苦手だったとはな……僕の周りには料理のできない女子ばかりという訳か。二次元の世界だと、こういう場合はどちらかが料理ができる人になるはずだけど、やはり現実というのはそう上手くは行かないな」

「でも、そういう場合では、主人公が家事全般をこなせて、女子よりも女子力が高かったりするけれど、あなたはどうなの?」

「家事なんかできないよ、それこそ弁当を自分で作っていないところから察してくれ。てか、それ以前に僕は主人公じゃないし」

「まあ、確かにあなたでは一つの物語の主人公――なんて、荷が重すぎるわね」

「その点に対しては全面的に同意するよ」

 最近は二次元の世界においてオタクが主人公である作品が増加の傾向にある。だが、そんなオタク達と違って僕には他人に自慢できるほどの特技も、世界を救えるような力もない。タイムマシンを作れる技術力も無ければ、病気の副作用による超人的な力も、僕には存在していないのである。

 簡単に言ってしまえば、僕は単なるオタクだ。物語上で言えばモブキャラに等しい。

 そんな僕が主人公になんてなれる訳がないのである。

「あなたは主人公に向いていない、あなたは主人公にはなれない、これは紛れもない事実」

「お前は僕に喧嘩を売っているのか?」

「でもね」

 風呂敷を解き、中から弁当箱と箸箱を取り出す宝船。箸箱を開けながら彼女は微笑んでこう言った。

「主人公になれるか否かは――案外、その人次第だったりするのよ」

「……冗談だろ」

「冗談ではないわ。だって、そうでしょう?」

 言って、宝船は次に弁当箱の蓋を開けた。その中に入っていた唐揚げの香ばしい香りが僕の空腹感をくすぐる。

「その人の人生は他でもないその人だけのものなのよ? 自分の人生における主人公は――自分だけでしょう?」

 僕にそう問いかけて、宝船は「いただきます」と手を合わせると弁当を食べ始めた。

 ――自分の人生における主人公は自分だけ、か。

 それでも、僕は本当の意味での主人公には一生なれないような気がする。

 主人公とは基本的に何かを救ったり、誰かを助けたりするような存在のことだ。二次元の世界ではオタクでさえ世界を救い、人を助けるが、現実世界のオタク――つまり、僕のような人間には先程も語ったようにそんな力はない。

 どちらかと言えば、宝船のような人間が主人公には向いているだろう。完全無欠の完璧人間が実はオタクなんてキャラが立ち過ぎだ。主人公としては申し分ないステータスだろう。

 だから、僕は主人公になれない。

 そんなものに、なれる訳がないのだ。


 ◆ ◆ ◆


 放課後。部室の扉を開けると、既にそこにはパイプ椅子に座って本を読んでいる宝船の姿があった。

「あら、こんにちは。萩嶺君」

 本から顔を上げてそう挨拶をしてくる宝船。読んでいる本は教室で読んでいたものと同じように見えるが――ここでも読んでいるところを見るとやはりあれは『銀翼の祈祷師』の最新刊だったのだろうか。

「いや、こんにちはじゃねえよ。この前から思っているけど、お前ここにどうやって入ってるんだよ」

「ゲートキャンセラー――マスターキーの力よ」

「普通にマスターキーって言えよ。中二病かよ。あと、不法侵入で訴えるぞ」

「ちなみに、ゲートキャンセラーは漢字で書くと『開門』に神の鍵と書いて『開門神鍵ゲートキャンセラー』と読むから」

「喧しいわ。説明なんて要らん」

 『開門神鍵ゲートキャンセラー』って何だよ。ちょっとカッコいいじゃねえか。
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