5-3
「ヤバいヤバいヤバババい」
「落ち着け、バが2つ多いぞ」
「な、直斗! 漢字帳貸して!」
「いいけどお前自分のは?」
「あたしは置き勉する人だから教科書は全部学校に置いてきてるもんね! ふんっ!」
「何で少し偉そうなんだよ。意味分かんねえよ」
てか、どちらかと言えば僕みたいに毎日教科書を全部持って帰っている人の方が多分偉いよ。
「仕方ないなあ……ほらよ、漢字帳」
鞄から漢字帳を取り出し、僕はそれを彩楓に差し出す。
「ありがとぉー、直斗! これであたしは満点取れるよ!」
「現代文は今日の1時間目だけどな」
「無理だ。諦めよ」
「諦め早っ!」
開いた漢字帳をコンマ数秒で閉じ始める彩楓。まあ、確かにお前の頭では諦める方が余計な体力使わなくて済むだろうが。
「もう少し頑張ろうよ! まだ1時間目始まるまでは時間あるだろ!?」
「直斗はあたしの幼馴染なんでしょ!? あたしの馬鹿さ加減くらい分かってよ!」
「そんな加減分かりたくないわ!」
その後も、どうにかこうにか彩楓を説得した僕は彼女に何とか漢字帳を開かせることに成功した。漢字帳を開いたまま道路を歩く彩楓が車に轢かれないように注意しながら彼女の隣を歩く僕。通常よりも時間をかけて学校に辿り着いた僕等はそのまま教室へと向かう。今になって思ったことだが、いつもより早く家を出たのは中々に良い判断だったのかも知れない。
「ええっ。完璧の『璧』って『壁』じゃないの……? 初めて知ったんだけど……」
何やら絶望めいた声を上げている彩楓に続いて教室に入る僕。すると、既に自分の席に着席している宝船の姿を発見した。
宝船は椅子に座り、何かの本を読んでいるようだ。大きさからしてライトノベルだろうか――ブックカバーに覆われていてその本の表紙を確認することができない。
まあ、あれだけ自分のオタク趣味を隠そうとしていた奴がこんな人目に付く所でラノベを読む訳がないか。
そう自己判断して僕は教室の中を歩き、自分の席へと向かおうとする。彩楓には自分の漢字帳を使ってもらって、僕も今日の漢字テストに向けて復習を開始しなければ。
「おはよう、萩嶺君」
宝船の席の前を通り過ぎようとした瞬間、僕は彼女から朝の挨拶を受けた。突然の出来事に僕は思わずその場で足を止めてしまう。
「……お、おはよう」
驚きを隠せない僕は少し戸惑いながら挨拶を返す。しかし、いくら待っても宝船からそれ以上の言葉は返ってこなかった。怪訝に思いながらも僕はその場から足を動かして、自分の席に座る。
宝船の目的は何だったのだろう。それとも、ただの挨拶に対して僕が変に疑念を抱き過ぎなのか。
とりあえず、今は宝船のことよりも漢字テストだ。漢字帳を取り出そうとして、僕は彩楓にそれを貸していることを思い出す。
彩楓の席は僕の1つ後ろだ。漢字帳を返してもらうべく、僕は後ろを振り返る。
「おい彩楓漢字帳――ってどうしたっ」
気付けば、彩楓は漢字帳を開いた状態のまま机に突っ伏してしまっていた。若干彩楓から色が抜けて白くなっているような気がする。某アニメ上のボクサーの如く。
「……直斗、あたしもう無理」
「だから諦め早いだろって。もう少し粘ったらどうだ」
「だって漢字20個だよ!? 多すぎるよ! 覚えらんないよ!」
「……じゃあもう諦めちゃえばいいんじゃね?」
「あれ!? 何か急に直斗から見放された!?」
「僕だって漢字を覚えるのに必死なんだよ。残念だが、お前に構っている暇はあまりないんだ」
「ひーどーいーっ! テスト中さり気無く答案を見せてくれるんじゃなかったの!?」
「僕にカンニングの片棒を担がせようとするな!」
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