5-2
先程の彩楓に僕が引き摺られるという一件はまだ波乱の一日の幕開けに過ぎない。本当の波乱は放課後にやってくることが分かっている――そう、宝船のことだ。
昨日の駅前での宝船の言葉が本当ならば、宝船は今日の放課後も部室にやってくることだろう。出来ればお断りしたかったが、あの時はそんな暇すら与えてもらえなかったし、そもそもお断りしたところであいつがそれを容認するとは思えない。
「どちらにしろ、今日の展開は避けられなかったということか……」
歯ブラシを左右に動かしながら僕は呟く。歯磨きを終え、口を濯ぎ、顔を洗ったところで台所の隅に置いているスマートフォンが着信音を放った。
名前を確認せずにその電話に出る。どちらにせよ、僕に電話をかけてくる相手など1人しかいない。
「どうした彩楓」
『あ、うん。準備できた?』
「今制服に着替えて顔まで洗ったところ。出ようと思えばすぐ出られるけど」
『そっか。それじゃあ、もう行かない? 少し早いけどさ』
「別にいいぞ。家にいたってやることないしな」
録画したアニメを観るには少し時間が足りないし。
『りょーかい。あたしはもう準備できてるから、直斗の家の前で待ってるね』
「おう、それじゃあまた後でな」
『うん、また後で』
彩楓との通話を終えた僕はスマートフォンをポケットに入れると洗面所を出て自分の部屋に向かった。
◆ ◆ ◆
「そう言えばさ」
学校に向かう途中、隣を歩く彩楓が僕に問いかけてきた。
「昨日は何の用事があったの?」
「……あー」
まさか昨日のことを聞かれるとは思っていなかったので僕は咄嗟に答えることができなかった。宝船と一緒に『アニメテオ』に行った――なんて言えないしな。
「……いや、別に特別なことはしなかったよ。『アニメテオ』に行ったくらいだな」
「『アニメテオ』? えっと……確か直斗が前から通ってるゲームとか漫画とか売ってるお店だっけ?」
「そうそう。昨日はそこに少し用があって、少し立ち寄って帰ったくらいだな」
「そうだったんだ。別にあたしも誘ってくれてよかったのに」
「だから、お前は誘えないって前にも言っただろ? 僕はともかく、あそこはお前が行くべき場所じゃない」
「そこがよく分からないんだよねえ……直斗的にあたしに見せたくないものとか、そういうものがあるのかも知れないけどさ」
言って、彩楓は僕の方を振り向く。
「あたしはもっと、直斗のこととか知りたいよ?」
「……朝からお前は急に何を言い始めてるんだよ」
「い、いいでしょ、別に! 特に深い意味もないし!」
あたしは純粋な気持ちで言っただけだもん――と若干ながら頬を赤らめた彩楓は言う。
「だって、あれじゃん? 直斗があたしのことを色々と知っているのに、あたしが直斗のことを知らないっていうのは……何かこう、おかしいじゃん? そういうことだよ」
「いや、どういうことだよ」
さっぱり分からないぞ。
「大体……ってああ――――――――っ!」
「どうしたどうしたどうした!」
急に叫ぶ彩楓。てかうるさいよ。隣を歩いている僕の身にもなれ。
「どうした急に! 一体全体何があった!」
「……確か今日現代文漢字テストあったよね?」
「ああ、あったな」
「べ、勉強してない……」
「何だそんなことか……あれだけ叫ぶから何事かと思ったぞ」
「私にとっては大問題なの! 生活問題なの!」
「『死活問題』な」
地味に『生』と『死』で対義語を使った上手い間違い方をしている彩楓なのであった。てか、上手い間違い方って何だよ。
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