5-1
意識の外でアラーム音が鳴っている。それは僕の意識が鮮明になっていくにつれて段々と大きくなっていった。
広がる暗闇を瞼で押し開く――すると、視界に見慣れた部屋の景色が映し出された。ぼんやりとした意識のまま僕はベッドの上に上半身を起こす。そして、未だにアラームを発し続けているスマートフォンを操作し、僕はその音を消した。
「……ねむ」
圧倒的に眠い。大体いつも朝はこんな感じなのだが、今日は一段と眠いような気がする。昨日宝船と一緒に『アニメテオ』に行ったからだろうか。羞恥心による疲労感からか、何だか体が怠いような気がする。
二度寝してやろうかと思い始めた時だった。窓の向こう側から僕を呼ぶ声が聞こえてきたのだ。
「直斗ーっ。起きてるーっ?」
それは彩楓の声だった。眠気の抜け切っていないボーっとした頭のまま、ベッドから両足を投げ出すと僕はその声に応答を示す。
「……おー。起きてるぞー」
「何ーっ? 声が小さすぎて聞こえなーいっ」
「起きてるぞーっ」
声を上げた後に思う。そうだ、窓を開けて会話すればいいじゃないか。
どうやら僕の頭はそんな簡単なことにも気付かないほどにまだ絶賛活動停止中らしい――欠伸をしながらそんなことを思った僕はベッドから立ち上がると窓を塞いでいるカーテンを開く。
向かい側の部屋のベランダ――そこにいたのはパジャマ姿の彩楓だった。窓を開けると同時に「おはよーっ」と笑顔で挨拶をしてくる彩楓。朝から元気な奴である。どこからその気力は湧いてくるのだろうか。源泉地を知りたい。
「ああ……おはよう」
「もー、元気ないなあ。そこら辺は、直斗いつまで経っても変わらないよね」
「朝は大体皆こんなものだろ……ってあれ?」
彩楓との会話で若干冴えてきた頭で僕はあることに気付く。
「そう言えばお前部活の朝練は?」
「ああ、今日は無いんだ。だからさ……その、今日は一緒に学校に行こうかなあ、って」
「なるほど、そういうことか。別に僕は構わないけど」
「そっか、それは良かった。お父さんとお母さんは?」
「知らないけど多分もういないだろうな。家出てると思う」
「ふーん……それじゃあ、こっちで朝ご飯食べてく?」
「いいよ僕は。朝飯抜く派なんで」
「駄目だよ、朝はちゃんと食べなきゃ。体大きくならないよ?」
「だからお前は僕の母親かって」
何でお前に僕の体のことまで心配されなきゃならないんだ。
「もー……仕方ないなあ」
不満気に頬を膨らませた彩楓は何を思ったかベランダの柵に足をかけて。
「よっと」
30㎝ほどの僕と彩楓の部屋のベランダの間にある隙間を飛び越えて、こちらのベランダに着地してきた。
「……お前怖くないの?」
「え? 何が?」
「……いや、何でもない」
きょとんとした表情を見せる彩楓。どうやら僕が本当に何を言っているのか分かっていないらしい。まあ、平気ならいいけど……いや、よくはないけど。
「で? お前がこっちに来た目的は何?」
「そんなの決まってるじゃん。直斗を強制的に私の家まで連れて行くためだよ」
「は? 何言って――っておいおいおいおい!」
僕の手を引いて歩き出す彩楓。流石は空手をやっているだけあって怪力だ。こいつ、僕の体を引き摺った状態のまま易々と歩いていやがる。
「ちょっ、待て待て待て! 分かった! 分かったって! 1人で歩けるから!」
「またまたー、そんなこと言って逃げるつもりでしょ? そーゆー訳にはいかないからね」
「逃げないから! 頼むから離してくれ! 恥ずかしいだろ!」
「あっ、草履借りるねー」
「って聞けよ人の話!」
僕の言葉を無視しながらどんどん足を進めていく彩楓。
その後、僕が彩楓から解放されたのは階段を下りる時と靴を履く時くらいで、躑躅森家に到着するまで僕は彼女から手を引かれっ放しなのであった。
◆ ◆ ◆
「まさか朝からご近所の晒し者になるとはなあ……」
朝食後、自宅に戻った僕は洗面所にて制服に着替えながら呟いた。
「向かいの田中さんにも見られるし……まあ、毎日家の前を掃除しているから仕方ないか」
溜息をつく。てか、溜息って。どうして僕は朝から溜息をついているんだ。
「今日も波乱の一日になりそうだ」
言って、着替えを完了した僕は次に歯磨きを開始した。
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