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さて――とそう呟きながら宝船は目の前に聳え立つビルを見上げる。そのビルは勿論、『アニメテオ』の店舗のあるものである。
「それじゃあ、早速中に入りましょうか」
「…………」
そうか。宝船の目的は分からないが、この後も『アニメテオ』を出るまで僕はこいつに付き合わなければならないのか……。
ということは、ここに来るまで感じてきた恥ずかしさを『アニメテオ』店内でも感じなければならないということになる。
…………。
「……あの、僕ここで待っていてもいいですかね」
「……萩嶺君」
「はい」
「寝言は寝て言ってくれる?」
「デスヨネー」
まあ、分かってはいたさ。僕の意見が通らないことくらい。ああ、分かっていたとも。
「……くそぅ」
「さ、萩嶺君。行くわよ」
「……分かったよ。行けばいいんだろ、行けば」
歩き始めた宝船に続いて僕も歩き出す。周囲からは相変わらずこちらに怪訝な視線が向けられているが、どうにかこうにか気にしないように僕は歩く。
30秒ももたなかった。
ヤバい、こちらに視線が集まるというのはこんなにも恥ずかしいことなのか。
どうして宝船は平気でいられるのだろう。一番視線を浴びているのはお前だというのに。
ひょっとして自分が見られていることに気付いていないのか。それとも、こんな変装をしている奴でも学校では美人の中の美人――もしかしたら、こいつは他人から見られ慣れているのかも知れない。
単なる僕の憶測だが。
それか、他人からの視線に気付かないほど鈍感で天然なのか。
「なあ、今日は『アニメテオ』に何をしに行くんだ?」
エレベーターに乗り込み、宝船が3階のボタンを押す――それと同時に僕は今更ながらそんな質問を彼女にしてみた。思えば、宝船から『アニメテオ』に誘われた際に聞いておくべき事柄だったのだが、色々とあって、色々とありすぎて質問するタイミングを逃してしまっていた。
上昇を開始するエレベーター。頭上から体全体に若干ながら重力がかかるのを感じる。
「決まっているじゃない、『銀翼の祈祷師』の最新刊を買いに行くの」
「……え? そ、それだけ?」
「そうよ? むしろそれ以外に何の目的があると言うのよ」
「いや、僕を監視役として一緒に連れて行くくらいだからもっと何か重要な用があるのかと」
「あなたは何を言っているの? 『銀翼の祈祷師』の最新刊を購入すること――これだって物凄く重要な用事じゃない」
確かにね――と宝船が語り始めたところでエレベーターが3階に到着した。自動的に開いた扉を潜り抜けて、僕達はビルの中を歩き出す。
「確かに、今回の最新刊に付属するポストカードは購入者全員サービスで配布期間は発売日から1週間もあって、まだまだ時間的には余裕があるけれど、ああいうものはファンとしては出来るだけ早く手に入れておきたいものじゃない?」
「まあ……その気持ちは分からなくもないが」
ていうか、むしろ分かる方なのだが――しかし。
「……てかさ」
「何?」
「お前って……本当にオタクなんだな」
「そうよ? 私はちゃんとあなたに部室でそう告白したはずだけど?」
「普段のお前を見ていたら信じられないんだよ、今の現状が。お前は何と言うかその……オタクとは、一番掛け離れた存在だと僕は思っていたからな」
隣を歩く宝船の顔が少しばかりこちらを向いた。それに対し、僕は反射的に顔を逸らす――サングラスをかけているが、宝船の目は間違いなく僕の方を向いていたことだろう。
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