4-5
「……良いんじゃないの? 別に、ここに来るだけなら」
「ホント? その言葉に嘘はないわよね?」
「ねえよ。いい加減僕のことを信じろ」
「そう……そっか。良かったわ」
そう言って嬉しそうな笑みを浮かべる宝船の顔に一瞬思わず見惚れてしまう。やっぱり、こいつは何がどうあっても美人なのだ――宝船から顔を逸らしながら僕はそんなことを思った。
「ありがとう、萩嶺直斗君。これで私の学校生活は更に楽しいものへと進化しそうよ」
「そりゃどうも。あと、僕のことは名字で呼べよ。いちいちフルネームだと面倒だろ」
「そう? 名字……そうね、あなたがそう言うのならそうさせてもらうわ。えっと……萩嶺、君」
「ああ、それでいい」
「それなら、あなたも私のことを名字で呼んでくれないかしら? いつまで経っても『お前』という呼称のままじゃ、私の納得が行かないわ」
「残念ながら、今まで余り話したことのない女子を名字で呼べるほど僕に度胸はない」
「度胸が無さ過ぎるわね。その分だと、きっと来世でもあなたはそのままよ」
「何なの? お前予知能力でも持ってるの?」
「……そ、そうよ」
「肯定するな。あと、自分でこの話の流れに乗っておいて恥ずかしがるのは止めろ」
「なっ! べ、別に恥ずかしがってなんかいないわよ!」
それにしてはやけに頬が赤くなっておりますが。
「まあいいや。てか、お前そろそろ行かなくて大丈夫なのか? 部活の検査っていう項目で来ているのなら、ここ以外にもチェックする部活は山ほどあるんだろ?」
「……まさかあなたから正論を聞かされるなんて思っても見なかったわ」
「おいこらそれどういう意味だ。言っておくがな、僕は確かに人との関わりを極力避けている少し変わった人間だが正論くらいは言えるんだぞ?」
「……少し変わっている……?」
「いいからさっさと他の部活の検査行け」
怪訝な視線を送ってきた宝船に僕は手を前後に振って、しっしとこの部室からの退出を促した。
「酷いわね、私は犬ではないのだけれど……まあいいわ。それじゃあ、そろそろお暇させて頂くわね」
「ああ、さっさとお暇してくれ」
「また今度ね、萩嶺君」
「おう、それじゃあな」
そして、宝船は部室から出て行った。溜息をつき、僕はパイプ椅子に凭れ掛かる。宝船のいなくなった部室はいつも通りの閑静で心地よい空間となっていた。
「……やっと出て行ってくれたよ――」
「あっ、そうそう」
「ってまだいたのかよ!」
不意に開いた部室の扉に僕は危うく椅子から転げ落ちそうになった。
「何だ! 今度は一体何の用だ!」
「今日はどれくらいまでここにいるの?」
「あ? 最終下校時刻までいつもいるけど……」
「そうなの。なら、部室を出たら部室棟の入り口で待っておいてね。それじゃあ」
それだけ言って宝船は部室の扉を閉めると足早にその場を立ち去ってしまった。
「……忙しい奴だな、全く」
呟きながら、僕は床に置いていた鞄を長テーブルの上に置く。それから、鞄の中から携帯ゲーム機を取り出した。
「大体、部室を出たら部室棟の入り口で待っておいてね、とか……」
…………。
「え?」
携帯ゲーム機を手に怪訝な声を上げて部室の入り口を振り向く僕。
しかしながら、当然のことながら、既にそこに宝船の姿はどこにも見当たらないのだった。
◆ ◆ ◆
最終下校時刻直前――僕は部室棟の入り口前で一人佇んでいた。
僕がここに来てから何人かの生徒が部室棟から出てきたが、今は人の気配すら感じられない。まあ、最終下校時刻直前だから仕方のないことかも知れないが――部室棟周辺は風で木々の葉のさざめきが聞こえるほどに、静寂に包まれていた。
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