4-2
「て、てか、正直な所、お前が俺に何の用なんだよ」
「……それは」
宝船の表情が真剣なものへと一転する。一つ静寂の間を置いて、宝船は僕に向かってこう言った。
「この前の、『アニメテオ』での一件のことよ」
◆ ◆ ◆
忘れようとはしていたが、あの一件を僕は忘れた訳じゃない。
正直、宝船の方からその話題を出されるとは思わなかった。あれは宝船にとっても、すぐにでも忘れ去ってしまいたい事柄だったはずだから。
態々あの日のことを僕と話すためにこんな部室棟の最奥まで来てくれた宝船を門前払いする訳にもいかず、僕は彼女を部室に招いた。
「最初に1つ確認させて欲しいの」
2つ並んだ長テーブルの挟んで僕と宝船は互いに向き合ってパイプ椅子に座っている。真っ直ぐにこちらを見つめてくる宝船に対して僕は視線を少し逸らしながら彼女の言葉に耳を傾けた。
「あの日のこと……もう、誰かに話した?」
「い、いや……話してないけど」
「それは嘘ね」
「いや嘘じゃねえよ」
「(断言)」
「だから嘘じゃねえって言ってるだろ!」
何なの? 何で僕こんなにこいつから疑われてるの?
「言い方が何か淀んでて嘘を言っているのではないかと思ってしまったのよ」
「この言い淀み方は生まれ付きだ、悪かったな」
「それで? 実際の所どうなの?」
「だから、あの日のことは誰にも話していないって。本当だよ」
「…………」
宝船がこちらを無言で見つめてくる。その視線に耐え切れずに僕はまた視線を逸らした。この行動でまた疑われるかも知れないが、僕の性格上これは致し方ないことなのである。これで疑われてしまったら、また言葉で弁解するしかない。
「……そう。ええ、分かったわ。あなたの言葉を信じる」
「え? あ、ああ、おう、そうか」
どうやら僕の心配は杞憂に終わったようだ。案外すぐに信用してもらえたので一安心である。いや、そもそも嘘なんかついていないんだから、安心する必要も心配する必要もない訳なのだが。
「何? その微妙な反応はやっぱり萩嶺直斗君は私に嘘をついていたの?」
「さっきこの言い淀み方は生まれ付きって言ったばかりだろ」
「あら、ごめんなさい。そう言えばそうだったわね」
どこか可笑しそうに微笑む宝船。何だろう、何かおかしなこと言ったっけか、僕。
「まあ、とにかく信じてもらえたようで良かったよ。僕との話は終わったな。という訳で、お前はもう帰ったらどうだ?」
「あなた、そんなに私をここから追い出したいの?」
「お母さんが泣いてるぞ」
「私別にあなたを人質にとって籠城している訳じゃないから」
意外とノリのいい宝船。ひょっとしたら友達になれるかも知れない――いや、そんなことはありえないか。
彼女と僕では色々な意味で違い過ぎる。
「実を言うとね、私はあともう少しだけ帰ることが出来ないのよ」
「は? どうして」
「私が生徒会役員で書記を担当していることは知ってる?」
「まあな」
「ああ、知ってるのね、それは良かったわ。それで、私が担当している書記なのだけれど、それぞれの部室をチェックして回らなければならないの。主に外ではなく、部室で部活を行っている文化部の部室をね」
「チェックって……あれか? きちんと部活を真剣に執り行っているのか確認するってことか?」
「ええ、そうよ。確か……ここは、簡潔に話せば、所謂オタク趣味を通じて色々な人と関わりを持つための部活、だったっけ? よくよく見れば――いえ、よくよく見なくても、その関わりを持つための部員があなた以外にいないようだけど?」
「残念だったな。僕以外の部員はお前には見えないんだ」
「他の部員は幽霊か何かなの?」
「まさに幽霊部員」
「上手くないわよ。そして話を逸らせてもいないわ」
ちっ。上手く逸らせたと思っていたのに。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。