3-5
「ちょっ! な、直斗!? な、何でそこにいるし! この変態!」
「お前がこっちに来ていいってメールしてきたからだろ! あとさり気無く変態って呼ぶな! これは偶然の事故だ!」
そう言い訳を述べながら僕は彩楓から視線を逸らす。どうしてこんなことになってしまったのか。バスタオル1枚だけで覆われた彩楓の胸はやはり大きく――って違う違う違う!
「直斗のエッチ! バーカ! 後で通報しとくから!」
「止めてくれ! 冤罪だ! 濡れ衣にも程がある!」
「あたしの風呂上がりを覗いたからってこんな状況で上手いこと言わないでいいから!」
「別にそんなつもりで言ったんじゃねえよ!」
てか、お前意外と冷静だな!
「というか、お前早く風呂場に戻れよ! 目のやり場に困るだろ!」
「う、うるさい! 直斗に言われなくても分かってるし!」
そして、家そのものが揺れそうな勢いで風呂場の扉を閉めてその中に引き篭もってしまう彩楓。僕が安堵の息をついて歩き出そうとすると不意にリビングに繋がる扉が開いて彩楓の母が廊下を覗いてきた。
「何? どうかした?」
「い、いえ、何でもないんです! いやホントに!」
「そう? それならいいんだけど。もうそろそろ夕飯の準備できるから、楽しみにしててね」
「あ、はい。ありがとうございます」
彩楓の母は僕に笑みを見せるとリビングへと戻って行った。
良かった、どうやら何とか誤魔化し切ったようだ。
いや、あれは完全なる事故だった訳で誤魔化す必要なんか皆無だったのだが。
「今日は色々とある日だな……」
言って僕は溜息をつく。今日も彩楓に言ったが、溜息1回につき幸せが逃げるとするなら僕は今日だけで何回幸せを逃しているのだろう。
リビングに向かって廊下を歩く。足を進めるにつれて段々と香ばしいカレーの香りが僕の鼻孔を擽り――。
突如開いた風呂場の扉に僕は顔面を強打した。
「痛ってえっ!」
余りの痛みに僕は顔を押さえてしゃがみ込む。大丈夫かな。鼻とか折れてないかな、俺。
「ん?」
それから、僕の頭上から落ちてきたのはそんな怪訝な声。顔を上げなくてもその声の主が誰なのか理解することができた。
「彩楓……お前」
「あ、直斗、いたんだ」
「おいお前! 今の絶対態とだろ!」
「わ、態とじゃないし。タイミングを図っただけだし」
「それを態とって言うんだ!」
風呂場から再び出てきた彩楓は上から下まで淡いピンク色のパジャマを着ていた。ジャージの色と言い、パジャマの色と言い、こいつは昔からピンク色が好きなのだ。
肩の辺りまで伸びた髪がシャワーのお湯で濡れて首筋に艶やかに貼り付いている。お湯の熱により上気してほんの少し赤くなった顔――頭からは若干の湯気が上がっている。
「そう言えばさ、直斗」
「何だよ」
「さっきのあたしのお風呂上がりの姿とかこっそり写メったりしてないよね?」
「してねえよ!」
スマホを取り出す暇さえもないような急な事故だったからな!
そんな暇があったらさっさと写メってるよ。いや、写メらないけど。
「ふーん、そうなんだ。まあ、それならいいんだけどね」
「てか、俺お前から疑われすぎじゃないかな」
「普段の自分の行動を試みたら分かるんじゃない?」
「『顧みたら』って言いたいのか?」
「……ひ、人の揚げ足を取るのは良くないよ」
「俺は間違いを指摘しただけなんだが」
顔を真っ赤にして僕から顔を背けてしまう彩楓。きっとあの上気した顔はシャワーの熱だけが原因じゃない。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。