3-1
宝船璃乃は成績優秀、スポーツ万能と言った完璧超人である。その完璧っぷりはまさに『完璧』という文字は宝船のために作り出されたのではないかと思ってしまうほどのものであり、彼女ほど『完璧』という言葉が似合う人物を僕は他に知らない。
僕のクラスでは学級委員長をしていて、生徒会役員にも所属している。生徒会役員において、彼女が担当しているのは書記であり、また、既に次の副会長候補、終いには生徒会長にまで上り詰めると誰もが口にして止まない。
おまけに宝船の容姿は最高だ。それは二次元の女の子しか愛せない僕がそう思ってしまうほどのものである。スタイルも美人でその体型はモデルのそれだ。貧乳だという点はマイナスかも知れないが、それをプラスに思う人もいるだろう。そう、彼女には『美人』という言葉も似合う。
言うなれば、宝船璃乃という存在は『完璧美人』なのだ。
眉目秀麗で完全無欠。
それが宝船璃乃という少女を構築している全てだ。
それなのに。
アニメやゲーム、漫画やライトノベルを扱っているいわゆるオタク関連の商品を集めた『アニメテオ』――そこで、僕は今『完璧美人』であるところの宝船璃乃に出会っていた。
「…………」
床に倒れた状態でこちらを見上げている宝船を僕は呆然と見下ろす。どうしてこんなところに彼女がいるのか。普段の宝船とは、言ってしまえば対極の存在であるはずのこの場所に。
とりあえず、話しかけて、聞いてみよう。
あまり話したことがない間柄でも、今日久しぶりに会話を交わした間柄でも、それくらいのことは許されるはずだ。
「え、えっと……宝船、お前――」
「ホ、宝船トハ誰デスカ!?」
「…………」
は?
突如立ち上がってまるで日本語が上手く喋れない外国人のような片言のイントネーションでそんなことを言い始めた宝船に僕はまた唖然とする。
「い、いや、だってお前宝船だろ?」
「チ、違イマースネ! 私ノ名前ハ宝船ナンカジャアリマセンネ!」
「それじゃあ、お前は一体誰なんだよ」
「そ、それは、その……」
おい、イントネーション元に戻ってるぞ。外国人キャラで行くなら最後までその方針で行けよ。
「わ、私の名前は……え、えっと」
完全に外国人キャラを放棄した宝船は言葉に詰まりながらこう言った。
「そ、そう! 私の名前は宝船じゃないわ! 『たからぶね』よ!」
読み方変えただけじゃねえか。
苦し紛れすぎるだろ。もう少し何かこう上手く名乗れよ。
「と、という訳で、私はこれで退散するわね」
「お、おい、ちょっと待てよ。まだ話は」
「これ以上話しかけると通報するわよ」
「いや何でだよ!」
僕に話しかけられること自体が犯罪とでも言うのか!
そんな感じで僕が愕然としている内に宝船は床に落ちたサングラスと帽子を拾い上げ、それを顔に装着し、外れたマスクをかけ直すと颯の如く『アニメテオ』の店内から姿を消すのだった。
再び静寂に包まれる店内。数秒後、店内の店員や客達の視線が僕に集まっていることに気付いた。そして、それと同時に僕を見ていた人々は一斉に視線を背ける。
あれなのか。ひょっとして僕は宝船と知り合いだと思われてしまったのか。知り合いと言えば知り合いだけどそこは違うと主張したい。
だが、コミュ障である僕にそんな勇気があるはずもなく。
「はあ……まあいいや」
本日何度目か分からない溜息をついて、僕は先程からずっと手にしていた『銀翼の祈祷師』の最新刊を見下ろして呟いた。
「これ買って今日は帰ろう……」
◆ ◆ ◆
帰り道、電車に揺られながら夕焼け色に染まった外の景色を眺めていて分かったことがある。
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