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オタク研究会は現在新入部員を募集していません。 作者:二三四五六七

第2章

2-8

 今の「げっ!?」は何か嫌なものを目の前にした時の「げっ!?」で間違いないだろう。だとすれば、この怪しげな女性は僕のことを嫌なものだと判断したことになる。

 僕が嫌なもの?

 思わず声を上げたくなるほどに顔が不細工だったとか?

 だとしたら死にたくなるんだが。

 見知らぬ女性から急に嫌なものだと判断されるほど僕の顔は不細工ではないはずだ――と思い込んで、僕は勇気を振り絞り、怪しげな女性に話しかける。

「え、えっと……な、何か?」

 僕がそう問いかけると、このビルの前で見せたリアクションのようにその女性は体をビクつかせて。

「い、いえ、別に」

 と、すぐさま僕から顔を背けてしまった。僕から逸早く視線を逸らす女性――その行動は、僕のことを見たくない、と言うよりは自分の顔を出来るだけ僕に見せたくないように思えた。

「…………」

 ん? ていうか、ちょっと待てよ?

 この女性の声、どこかで聞いた覚えがある。

 それも割と最近のような気がする――はて、どこで聞いた声だったか。

 『銀翼の祈祷師』の最新刊を片手に僕が考え込んでいると、少しでも早くこの場から立ち去りたかったのか怪しげな女性が僕と同じく『銀翼の祈祷師』の最新刊を手にそそくさと歩き始めた。

 だが、その女性の行動は(あだ)となってしまった。

 急いだせいか、何と怪しげなその女性は自らの足を(もつ)れさせてその場で転んでしまったのである。

「キャッ!」

 女性特有の甲高い悲鳴を上げてその場に倒れ込む女性。その拍子に帽子とサングラスが『アニメテオ』の床に散らばった。

「あ痛たたた……」

 うつ伏せに倒れ込んだ女性は呻き声を上げながらその体を起こそうとする。その際に見えたのだが、どうやらマスクも転んだ拍子に外れてしまったらしく、先程まで顔を覆っていた白いマスクはその女性の左耳に頼りなく引っ掛かっているだけとなってしまっていた。

「ってあれ!? サングラスと帽子は!?」

 自分の顔と頭を触って漸く帽子とサングラスが吹き飛んでいることに気付いた女性は顔を左右に振って周囲を探し始める。

 その瞬間。

「えっ!?」

 僕は思わず驚愕の声を上げてしまっていた。それは別にその女性が今更帽子とサングラスの不在に気付くほどの鈍感だった――ということに対してではない。

 帽子やサングラスを探す際に垣間見えた女性の顔。そこで僕は確信を得た。

 僕はこの女性の声を確かに聞いたことがある。

 僕はこの女性の顔を確かに見たことがある。

 ――そして。

 僕はこの女性のことを、知っている。

 僕の驚愕の声に反応してか、怪しげな女性が恐る恐るゆっくりとこちらを振り返ってきた。店内の客の視線がこちらに注がれている中、僕と怪しげなその女性の視線が重なる。

 空間を静寂が支配する中。

 僕は、その女性の名を呟いた。

「……宝船、璃乃?」
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