(cache) 続・憑依術講座

「ほら、この作品今すごい人気なんだから」

「ええ?恋愛映画〜?」

次の日――
僕と姉さんはリビングで映画情報雑誌を開きながら、今日何を観に行こうかと、話に花を咲かせていた。
ふふふ、端から見れば、まるでカップルみたいだね。


「あらあら、あんた達今日はずいぶん仲がいいのね。何かあったの?」

洗濯物を運びながら、僕らの横を通りかかった母さんが、からかうような調子で笑いかけてきた。
ぐむ、さすがに鋭い。
僕らの変化をいち早く察知しているぞ。

「別にー、いつもと同じよ。ねえ?」

思わず言葉に詰まる僕とは対照的に、姉さんはあっけらかんとした調子で母さんの方を振り返った後、同意するように僕に向かって小首を傾げて見せた。
――今の姉さんには、間違いなく昨日植えつけた僕に対する恋愛感情が残留している。
こっちを見詰める顔を見ても明らかだ。
それでも、こうして周囲に対して何事もなかったかのように振舞えるなんて、したたかと言うか何と言うか・・・
女って、怖いよね。


STEP5:鏡よ鏡


結局、観る映画は姉さんのリクエスト通りになった。
僕は恋愛映画ってやつがどうも苦手なんだけど・・・こういう場合は女の人の希望を通すのが筋なんだろう。
まあ、仕方ないよね。
僕にとっては映画の内容云々より、姉さんと一緒に出掛ける事自体が目的なんだし。

取りあえず、映画の時間まではまだ余裕があるので、ゆっくりと支度をした。
と言っても、僕は部屋着から外着に着替えただけだから、すぐに済んだんだけどね。
まあ男の身支度なんて、この程度だろう。


「十郎〜、もう出れるの?」

と、ドアの向こうから姉さんが声をかけてきた。
ベッドに寝そべって漫画を読んでいた僕は起き上がり、ドアを開ける。

「!」

しかし現れた花織姉さんの姿を見た瞬間、僕は金縛りにあったみたいにその場に硬直してしまった。
デートの為におめかしをした姉さん――それは、今まで見た事がないくらい、綺麗だったんだ。

窓から差し込む日の光を浴びて、姉さんの髪や肌がキラキラと星を塗したように煌いている。
ラメって奴の輝きだろう。
真剣に化粧をした姉さんの顔を、はじめてじっくりと見た。
グロスを塗った唇を見ていると、思わずそのまま吸い込まれてしまいそうだ。
首筋には、チョーカーと言うのだろうか?お洒落なアクセサリーが銀色に輝いている。
ざっくりと肩や胸元が開いた大胆な黒いキャミソール。
姉さんにしては珍しいスカート姿。
エナメルのミニスカートだ。
グレーに染まった光沢のある生地が渋く、格好いい。


「どうしたのよ、十郎?」

「え・・・あ、いや・・・」

すっかり見蕩れていたらしい僕は、姉さんの声でようやく我に返った。
しかしそれでも、喉からは次の言葉が出てこない。

――これが本当に、姉さんなんだ・・・
目の前にいるのはまさに、大人の女性だ。
学校で見る同年代の女子には、とても真似出来ない立ち姿。

昨日、姉さんとひとつになって全てを理解したと思ったけど・・・まだまだ甘かった。
やはり女の人って、着るもので化けるんだなあ。
麦茶を飲みながら冷やし中華を啜っていた人と同一人物とは、とても考えられない。
芸能人といっても通用するくらいだよ。
いや、そんじゃそこらの芸能人よりも上だって!
改めて、花織姉さんの凄さに気付かされた。

「・・・って、ちょっと十郎!あなた身支度は?もう出かけるのよ!」

そんな僕の感慨深い思いを、苛立たしそうな姉さんの声が遮った。

「え・・・もう準備は出来てるけど」

「どこがよ!?パジャマを脱いだだけじゃないの!」

「だからこれでもうOKだよ。十分外に出られる格好でしょ?」

「それが『外に出られる格好』ですって?ああもう、この子は本当に・・・!少しは自分の身なりに気を使いなさい!」

僕の格好を見て、姉さんはいきなり怒り出し、ずかずかと部屋の中へ入ってきた。

「ちょ、ちょっと姉さん!?」

「ほらここ、寝癖が直ってないわよ!」

そしてむんずと僕の頭を掴んで、ぐりぐりと髪の毛をいじくりだしたんだ。
姉さんの顔が、
姉さんの胸元が、
すぐ目の前に・・・・・・!

ね、姉さん・・・!
こんな間近で、そんな格好でいられたら・・・!
母親に同じ事をされるのも非常に鬱陶しいけど、姉さんの場合は違う意味で困る!

「い、いいって!出る前に洗面所で直すから・・・」

僕は慌てて、姉さんの手を振り払った。

「髭だって剃ってないじゃない!そんなんじゃ、大人になってから本当にだらしない人間になっちゃうわよ!」

「休みの日くらいいいじゃん・・・サラリーマンじゃあるまいし」

「何を言ってるの、まったく・・・年頃の男の子なんだから、普通はもうちょっと自分の身だしなみには気を使うものでしょう?そんな格好で人前に出て恥ずかしくないの?ほら、少しはアタシを見習いなさい」

言って、姉さんは颯爽とした手つきで髪を掻き上げると、自分の服装を僕に見せ付けるように胸を突き出してきた。
そ、そんな事したら剥き出しになった胸の谷間が、余計に強調されるじゃないか・・・!

「そ、そりゃ姉さんは女だから、お洒落するのは当たり前だろ?僕と一緒にしないでよ」

ドギマギする心をごまかすように、僕はどうにか言い訳をした。

「女の子じゃあるまいし、男が服装の事ばっか気にしてたってしょうがないでしょ?どうせ、何を着たって一緒だよ!」

「イマドキ、男の子だってファッションには気を使うのが当たり前なの!本当に・・・思春期の青少年がこんな事でどうするのかしら・・・姉さん心配だわ」

「いいってそんな、人の心配なんてしなくても・・・」

「何を言っているの!ああもう、よく見たら襟だって立っているじゃない!だらしないわねぇ、あなたこのままじゃいつまでたっても・・・」

・・・うわ。
何だか昨日までの姉さんに逆戻りだよ。
今の今まで興奮していた気持ちが、一気に冷めてきた。

・・・そんな格好してるくせに・・・
人を興奮させるだけさせておいて、なんで水を差すような事言うんだよ?

・・・ムカついてきた。
折角、姉さんの気持ちを作り変えたのに・・・このままいつものようにお説教を始められたら堪らない!
これはまた・・・『あれ』を使うしかないな。

僕は静かに気を高め、それをゆっくりと開放した。
昨日身に付けた、佐藤流憑依術の応用技『精神操作』を使って――口やかましい姉さんを黙らせてやる為に!

十分に高めた気を、目の前で喋り続ける姉さんに向けて解き放つ。
まるで頭から目に見えないコードが伸びてでもいくかのようなイメージを思い浮かべながら。
コンセントに電源コードを差し込むような感覚で、僕は素早く『気の道』を姉さんの頭に繋げた。

「ほら、アタシが見てあげるから、洗面所に行って――あんっ!」

昨日与えた命令に従い、姉さんは僕と意識が同調した瞬間、気持ちよさのあまりに色っぽい声を上げた。

――人形になれ。

そのまま、姉さんを黙らせる為に、素早くその意思を奪い取る命令を送り込む。

「・・・・・・」

たちまち姉さんの目から光が消え、トロンとした目つきになり、表情も弛緩し、その場に立ったまま動かなくなった。
姉さんが、マネキン人形になったんだ。

「ふう・・・やれやれ、危ないところだった」

僕は声に出して溜息を吐き、あらためて人形になった姉さんを観察した。

「まったく・・・いつまでも小うるさい事言っていると、こうだぞ?」

聞こえていないと分かりつつも、僕は姉さんの頬を掴み、グイッと横に引っ張った。
ふふふ、自分が変な顔になっているのに、姉さんはまったく反応を示さない。

いや〜、やっぱり操られている女の人の顔っていいなあ。
何とも言えない妖しさがあるって言うか、妙にイヤらしい。
こうして顔を眺めているだけで、異様に興奮してくるよ。

姉さんの唇に指を突っ込み、グリグリと中を掻き回してやる。
指を引き抜くと、口の端から涎が垂れて来た。
おいおい、折角の化粧が崩れちゃうよ。
仕方なく僕は、ティッシュで涎を拭いてやった。
それでも姉さんは、身じろぎひとつしない。
・・・今なら堂々と、姉さんの体を隅々まで観察できるな。

僕は鼻がくっつくくらいの距離まで姉さんに近づき、胸元を覗き込んだ。
ナイスバディな姉さんの、胸の谷間がすぐそこにある。
しっかし、大胆な服だなあ・・・
姉さん、こんな格好して恥ずかしくないのか?
やっぱり女性は、見られる事に快感を覚えるんだね・・・

僕は恐る恐る胸の谷間に指を突っ込み、服を引っ張ってみた。
人形になった姉さんは、只されるがままだ。
それをいい事に、じっくりと服の中を覗き見る。
キャミソールはインナーと一体になっているみたいで、服の下からは、いきなり姉さんの乳房が顔を出してきた。
うわ〜、エロっちいなぁ〜・・・

――ふと、デ・ジャヴを覚える。
昨日、僕が姉さんに乗り移ってやった行為とまるっきり同じ事を今、こうしてやっているんだよな。
やっている事は同じだけど、それを覗き見る僕の視点はまるで違う。
自分が一体どこにいるのか分からなくなるような、何だか変な感覚だよ。

高鳴る鼓動を落ち着けようと視線を下に落とすと、今度は殺人的なまでに短いスカートから覗く、むっちりとした太ももが目に飛び込んでくる。
ひや〜、太ももの白さが目に眩しい。
普段はあまり拝んだ事のない姉さんのおみ足だから、尚更だよね。

そのまま後ろを見ると、姉さんのお尻が魅力的な曲線を描いていた。
う〜ん、大胆なミニだから、いつも以上に『そそる』なあ。
スカートって奴はこのお尻のラインが何と言っても堪らないよね〜。
手を伸ばし、下から上へ、お尻を撫でてみた。
むふふふふ、堪らない手触り♪
いつまでも、こうしていたいよ。

――しかし、そんなワケにもいかないよな。
この後の予定があるんだし、早く出かけなくっちゃ。

名残惜しむようにスカートに指を食い込ませ、お尻の肉厚を楽しんだ後、僕は再び『気の道』を通して姉さんと意識を一体化させた。
只戻すだけではさっきと変わらないので、こっちの身なりを気にしないように命令してから、精神の束縛を解いてやる。

「・・・?あ、あれ・・・?」

すぐに姉さんは意識を取り戻し、二、三度頭を振ると、僕の顔を見返してきた。

「え、と・・・アタシ・・・?」

「どうしたの?人の部屋来るなりボーっとしちゃって・・・まだ眠いの?」

「いや・・・今、何話してたんだっけ・・・?」

「はあ?もうしっかりしてよ・・・これから映画観に行くんでしょ?いつまで寝ぼけてんのさ・・・・だらしないなぁ、まったく」

「・・・・・・うん・・・ごめん・・・」

虚ろな表情で、姉さんは納得いかなそうに眉を顰めた。
へへっ、言ってやった、言ってやった。
さっきのお返しだよ!

「さ、ぐずぐずしてないで出かけようよ」

「え・・・ええ・・・」

ちゃっかりと主導権を握り、僕はそのまま部屋を出た。
意識を失っていたタイムラグからか、いまだボーッとしていた姉さんだけど、支配者である僕の言葉に無意識のうちに強制力が働いてでもいるのか、そのまま後に従って付いて来た。

靴を履き、玄関から表に出る。
外は、夏らしい青空が広がっていた。
途端に蝉の鳴き声が騒々しく聞こえてくる。

降り注ぐ、太陽の光。
肌が焼けるような熱気。
急激な明度の変化に対応できず、僕は思わず目を細めた。
ひや〜、今日も結構暑いなあ。


「ん〜、いい天気♪絶好のデート日和ねッ♪」

外に出てくる間に、すっかりいつもの自分を取り戻したらしい。
玄関の前で姉さんは大きく伸びをすると、ニッコリと微笑みかけてきた。
その女神のような微笑に、僕のハートはいとも容易く打ち抜かれてしまう。

ね、姉さんてば・・・可愛いすぎ・・・!
太陽の下で見る笑顔が実にまた神々しい。
まったく・・・こんな顔向けられたら、100人中100人全員が恋に落ちちゃうっての。
そんな仕草を不用意にしちゃうんだから・・・本当に恐ろしいよ。

――でも、姉さんの口から『デート』なんて言葉が飛び出すと、ドキッとするって言うか・・・
こちらの企みを見透かされてでもいるのかと、変な心配をしてしまう。
ヤバイヤバイ、顔に出ちゃうよ。
いくら意識を操作できるから、多少は変な行動を取っても大丈夫とは言え、こっちの本心を曝け出すのはやっぱり恥ずかしいもんね。
取り合えず僕の方は、『姉の気まぐれに翻弄される弟』を演じなくっちゃ。

「デ、デートって・・・実の弟と出かけるのにそのフレーズは恥ずかしい、って言うか・・・虚しくない?」

僕は内心の動揺を隠すように呆れた口調で喋りつつ、極力姉さんとは顔を合わせないように早足で歩き出した。

「何言ってるの。こう見えても姉さん、大学じゃあ結構モテるのよ?アタシと映画にいけるなんて・・・それだけでありがたいと思いなさい」

後を付いて来た姉さんが僕に追いつくなり、自慢するように顎を反らしてこっちを睨み付けてくる。

「へいへい。そりゃ姉さんはモテるでしょうよ。僕とは違ってね」

「何拗ねているのよ」

「別に拗ねてなんかいないよ。客観的事実を言ったまでさ」

「あら、こうして歩いていれば、あなたをアタシの彼氏と勘違いする人だっているかもしれないでしょう?大学の男の子たちに見られたら、あなたきっと嫉妬の的よ。あの関ヶ原花織と一緒に歩いているのは誰だ!?ってね」

「な、ないない!僕みたいなみみっちい奴、間違っても誰も、姉さんの彼氏だなんて勘違いはしないって!」

「ふ〜ん?これでもそう思われるかしら?」

と、イキナリ強い力で、グイッと引っ張られた。

「!?」

見ると、姉さんが僕の腕に自分の腕を絡めていたんだ!

「ね、姉さん!?」

「ほら・・・ちっとも変じゃないでしょう?あなただって十分にいい男なんだから・・・もっと自分に自信を持ちなさい」

姉さんはぴったりとこっちに肩を寄せ、もたれかかっている。
先程の精神操作で僕の身なりに対する注意を払わなくなった為か、弟に対する擬似恋愛感情も手伝い、すっかり本物のカップルのような雰囲気に浸っているみたいだ。


ぼ、僕は・・・
満足な返事も出来ないまま、
顔を真っ赤にさせる事しか出来ないでいた。

だ、だってだって・・・
今、僕の肘に――
姉さんのオッパイが当たっているんだよ!?

肘の先に感じる、柔らかい感触。
そうか・・・女の人と腕を組んで歩くと、こんな役得があるんだ。
これが・・・これがカップルなのか?これがカップルの姿なのか?

ああ・・・通行人も見ているって言うのに・・・
僕たち2人――
他人が見れば、本当に恋人同士に見えているのかな?

でも、端から見れば僕たちって――背の低い彼氏が、背の高い彼女に引きずられるような格好で歩いてるとしか見えていないんじゃないの?
そ、それはさすがに格好悪い・・・!

「ね・・・姉さん・・・人通りが激しくなってきたよ・・・は、恥ずかしいって・・・」

「あら・・・折角こっちが恋人気分でいてあげてるのに、あなたはいつまで弟のままでいるのよ?ちゃんとアタシの事は『花織』って呼びなさい」

「・・・・・・!」

耳元で囁く姉さんのその台詞に――僕はカーッと頭に血が逆流してくるのを感じ、思わず組んでいた腕を振りほどいてしまった。

「姉さん!もう分かったから・・・勘弁してよ!!」

「あははっ、照れてる照れてる!耳まで真っ赤になっちゃって・・・か〜わいい♪」

うろたえる僕の姿を楽しそうに眺めた姉さんは、ペロッと舌を出し、ケタケタと笑い出した。
それを呆然と見上げているだけで、何だかドッと疲れが出てきた。

ううん・・・やはり向こうの方が、一枚上手だ。
精神操作で服従を強いたつもりでいたけど・・・気を抜けば、たちまちイニシアティブを取られてしまう。

くそっ!
僕はご主人様なんだぞ・・・?
いつまでも向こうの好き勝手にはさせていられない!
悔しさも手伝い、僕はすぐさま『気の道』を伸ばし、姉さんの頭にそれを突き刺した。

「あはんっ!」

ビクンと肩を震わせ、姉さんが声を上げる。
さあ――今日はどんな実験をしてやろう?

・・・・・・そうだな・・・取り合えず姉さんの『感覚』に悪戯してみようか?
僕が姉さんの体に触っても、まったく気付かないようにしたら・・・面白いかも!?

僕の手が例え敏感な部分を弄っても気にならず、
なおかつ、僕のその行動を不審に思う事すらしないって風に。
早速僕は、その命令を念に込めて送った。

「――ところで、僕らが行く映画館って遠いの?」

意識の操作を終え、僕は何事もなかったように会話を再開する。

「ん――え・・・・何よ、あの映画館行った事ないの?」

「うん、って言うか映画館行って映画観るの自体、中学ん時以来だもん」

意識を操作された事にも気づかず、姉さんは自然な様子で、僕との会話を続けてくれた。

「駅降りたらすぐ目の前よ。去年出来たばっかりで、すっごく広いし綺麗なんだから、見たらビックリするわよ」

楽しそうに喋る姉さんを横目で見つつ、僕はこっそりと――右手を姉さんの背後に近づけた。
・・・さっきの精神操作の効果が出ていれば・・・このまま僕の手が体に触れても、姉さんは気付かないし、また気にもしないハズだ。

意を決し、僕はさりげない手つきでお尻を撫でると、すぐに姉さんの反応を伺った。
――変化はない。
何もなかったように喋り続けている。

もう一度、今度はゆっくりとお尻の曲線をイヤらしく撫で回す。
――しかしやはり反応はなかった。
姉さんは僕の悪戯を意にも介さず、屈託ない笑顔で会話を続けていたのだ。

う〜ん、すごいな。
これが電車なら姉さん、痴漢にされるがままって事だよ?
人間の体をこんな風にしてしまえるなんて・・・
人を操るって言うのは、完全に意識を支配下に置くだけじゃなくて、こんな事も出来るんだな。
面白い!

調子に乗った僕は、今度は姉さんの『体』を操ってみた。
やはり、自分の行動を気にしないよう意識を操作してから――

――両手で胸を揉め。

と、命令を送る。
するとこっちを見ながら会話を続けていた姉さんが、不意に両手を持ち上げ、キャミソールの上から自分の胸を揉みだしたのだ。

それがさも、当たり前のように――自然な動作で胸を揉みながら、映画の話を続ける姉さん。
今、自分が何をしているのか・・・まったく分かっていない。
すごい、すごすぎる!

通行人がいるって言うのに・・・
誰かに気づかれたらどうするんだ?
こんな往来で、気が狂ったとしか思えないようなトンデモない行動を、当たり前のようにしている。
そんな姉さんを眺めているだけで、アソコが固くなっていくのを実感していた。
頭の後ろがじんわりと熱い。

このままじゃ、姉さんに僕の興奮が伝染しちゃうんじゃないか?
いつでもすぐに精神操作が出来るようにと、僕と姉さんの意識はさっきからずっと『気の道』で繋がったままだからね。

・・・・・・待てよ・・・・・・?
その時、僕はある事を思いついた。

『姉さん』と、『僕』の意識は繋がっている。
憑依術では本来、この状態を作り上げてから呪文を唱え、対象となる相手に乗り移る。
でも呪文を唱えなくても、『気の道』を繋げたままなら、姉さんの意識をこちらから一方的に改変させる事は可能だった。
昨日はこの状態で、わざと自分の体に意識を残留させたまま、姉さんに乗り移ったような気分でその精神を操る事ができたんだから。

それじゃあ・・・姉さんを操るんじゃなくて、僕の意識をそのままストレートに流し込んだとしたら・・・?
ひょっとして、 自分の体を動かしながら姉さんの体も動かせるんじゃないのか・・・!?

どう言う事かって?
うん、ちょっとややこしいよね。
分かり易く説明してみよう。

今は姉さんに、やってほしい「命令」だけを『気の道』を通して送り込んでいる。
でもそうじゃなくて、こうした僕の妄想なんかもひっくるめて、僕の意識と姉さんの意識を完全に同調させるんだ。
と言っても精神を移動させるわけではないよ?

乗り移ってしまうのではなく、ましてやひとつの命令を与えるのでもなく、『気の道』から一方的にこちらの意識を姉さんに垂れ流した状態にしちゃうんだ。
すると姉さんの体は僕の意識を自分の意識と錯覚し、その通りに動きだすんじゃないだろうか?
つまり、僕の意識が『自分の体』と『姉さんの体』の両方を動かすんだ。
一つの脳で、複数の義体を動かすなんて・・・まるでSFみたいじゃないか。

おお、面白い!!
何気ない思い付きだったけど、それは今すぐに試さなければ気がすまない魅力に満ち溢れていた。

上手くいくかな・・・?
僕は姉さんの顔を見詰めながら、この『想い』を一気に流し込む。

ビクン、と姉さんの体が震え、胸を揉んでいた両手が、ゆっくりと下がっていった。
僕の意識が充満する事で、それまでの命令がキャンセルされたんだ。
姉さんは腕をだらんと下げたまま、僕の方ではなく反対側に首をめぐらし、そのまま何かを見守るような格好で動かなくなった。
首だけを右に曲げ、少し猫背気味に体を前に倒し、ギュッと拳を握り締めている。

おお、今僕がしている格好と・・・まったく同じだ!
こっちからは見えないけど、多分顔も僕と同じ表情を浮かべているんだろう。
姉さんの様子を観察している僕を真似するように、何もない向うの景色を睨みつけているに違いない。
正面から見れば、僕ら2人がまったく同じポーズを取っている事が分かるだろう。

試しに右手をブンブンと大きく振ってみる。
すると当然、姉さんも自分の右手をブンブンと振ってくれた。
2、3歩前に進んでみる。
姉さんも向うを見たまま、同じように足を動かした。

おお、本当に思った通りに・・・!
次第に興奮が、僕の胸一杯に込み上げてくる。

次は、少々複雑な動きを試してみた。
見よう見まねだけど、正拳突きや前蹴りと言った、空手の演舞を披露してみる。
それでも姉さんは、一度も間違う事もなく、僕と同じ順番に、自分の手足を前に突き出した。
右、左、
右、左、
僕ら2人は、ピッタリと呼吸の合った動きを続ける。

姉さんはこれまでのように、僕の命令を受けた後に動いているワケではない。
僕が体を動かしたのと、寸分違わぬタイミングで同じ動作を行っている。
一糸乱れない動きってのは、こういう事を言うんだろう。
どんなに練習を重ねたダンサーでも、ここまでシンクロした行動は取れないだろう。
う〜ん、素晴らしいなあ。

スキップをしたり、その場でクルクルと回転したり、僕と姉さんはペアを組んだフィギュアスケート選手のように、往来で芸術的なまでにユニゾンしたパフォーマンスを披露した。
恐らく姉さんの表情も、僕と同じ至福に満ち溢れている事だろう。
凄い!憑依術って、本当に凄い!
自分の体にいながら、同時に姉さんに乗り移っているみたいだよ。

でも・・・この状態だと、姉さんの顔が見れないのが少し不満だな。
まあ、無理もないか。
僕と同じ動きをさせているんだから、姉さんの方を見ようとしても、姉さんも僕と同じ方向を向いてしまうんだからね。
これが鏡ならいいのにな・・・・・・

ん、待てよ!?
ひょっとしてそれって可能かも!

僕は急いで、商店街の脇を通り抜け、人気のない場所へと移動した。
当然、姉さんもピッタリと僕の横を同じ動きで付いてくる。
(僕とまったく動きをする為、間合いに気をつけないと、姉さんの体が建物の壁にぶつかってしまうかもしれないので、微妙にバランスに気をつけるのが大変だった)

コンビニの裏に出た。
ゴミやダンボールが置かれた殺風景な場所だ。
辺りには人影はない。

よし・・・ここなら実験も出来るだろう。
僕は姉さんと横並びに立ったまま、新たな命令を送り込む。

――僕の『鏡』になれ、

このキーワードによって変化した姉さんの姿を強くイメージしながら、そう頭の中に念じる。
大丈夫かな・・・?
本当に僕が思い浮かべたとおりになるのか不安だけど・・・
昨日だって言葉が足らないような命令でも、頭の中に思い浮かべた映像的なイメージによる修正で、姉さんは僕の思い通りに行動してくれたんだしね。
きっと、大丈夫な筈さ・・・!

僕は生唾を飲み込み、思い切って姉さんと向かい合うべく、体を反転させた。
さっきまでなら、姉さんも同じ方向に体を反転させ、僕に背中を向ける格好になっていた所だろうけど・・・

今、姉さんは間違いなく僕と向き合っていた。
おお、成功だ!
――意識の同調が途切れたわけではない。
僕が手を動かせば、やはり姉さんも手を動かしてくれる。
でもさっきまでと違うのは、例えば僕が右手を持ち上げれば、姉さんは左手を持ち上げていた。
向かい合ったまま、姉さんは僕と同じ動きを続けていたんだ。
まるで、鏡に映った鏡像のように・・・

そう、さっきの命令で、姉さんは僕の姿を映し出す鏡に、僕の動きを模倣する鏡人間になってしまったんだ。
文字通り、鏡の性質を持った人間のように、目の前に立つ僕の動きとシンクロしているんだ。

催眠術で、こんな真似ができるだろうか?
もし鏡のように振舞えと行動を操ろうとしても、催眠術ではその命令を事細かに、相手の意識が理解できるような暗示の施し方をしなくちゃいけない筈だ。

でも憑依術は違う。
僕のような未熟な術者でも、
言葉足らずな言霊使いでも、こうして複雑な精神操作を行う事だって出来るんだ。
先程のように、姉さんをどういう風に変えたいのか――その『想像図』を頭に思い描き、膨らませた映像イメージを姉さんに送り込むだけでいいんだからね。
想像力さえしっかりしていれば、こうして僕が勢いで思いついたような突拍子もない姿に他人を変える事だって、思いのままってワケだ。

姉さんを見たまま、髪を掻き揚げる。
ろくに手入れをしていないから、姉さんの美しい髪とは違い、僕の髪の毛は所々で指に引っ掛かり、少し痛みを感じた。
しかしそんな僕とは対照的に、目の前の姉さんは颯爽とした手つきで自分の髪を掻き揚げた。

・・・鏡の前で、姉さんに乗り移った姿を映し出している時と一緒だよ。
でも、目の前にある姉さんの本物の肉体には、光の反射で映し出される鏡像にはない艶かしさが、本物だけの圧倒的な存在感がある。
まるで姉さんに乗り移った自分がもう一人、目の前にいるみたいだ。
へへっ、まったく奇妙な感覚だよ。

両手を前に翳し、そのまま突き出す。
姉さんも僕に向かって手を突き出し、互いの掌が重なり合った。

暖かい――
確かに目の前に、生身の人間がいるんだと言う事を実感する。
ここにあるのは、鏡じゃない。
ここにいるのは、本物の花織姉さんなんだ。
でも、普段の姉さんじゃない。
僕が取るどんな動きをも真似してくれる鏡人間。
僕の思い通りに、どんなに恥ずかしいポーズでも当たり前のように演じてくれる操り人形。
僕だけの、鏡の中のアクトレスなんだ。

そんな姉さんを見ていたら、またしても新しい『遊び』を思いついた。
自然と口元が緩んでくる。

僕は、自分の動きをちゃんと姉さんがトレースしている事を確認しながら、ゆっくりと太ももに手を伸ばした。
当然、姉さんも同じ動きをする。
履いているジーンズの生地の両端を掴むと、姉さんも自分の太ももに手を伸ばし、ミニスカートの裾を両手で掴んだ。
そのまま僕は、ジーンズの生地をグイッと上に引っ張る。
目の前で姉さんが、同じ動きでスカートを上に引っ張った。

履いているものがまったく違うと言うのに・・・僕らはまったく同じ動きをしている。
これが何を意味しているか・・・分かる?
僕の方は只、ジーンズをたくし上げているだけだから問題ないけど・・・
姉さんの場合は、殺人的に短いスカートを履いているってのに、更にそれを捲りあげちゃっている。
つまり、股間を丸出しにしているんだよ!

見下ろすと、姉さんのスカートに隠されていた下着が――薄紫色のショーツが剥き出しになっている。
両手でスカートをたくし上げ、下着を曝け出して往来に立っているってのに、姉さんは恥ずかしげもなく平然としていたんだ。
・・・まあ、僕がその姿を嬉々とした表情で眺めているんだから、姉さんも同じ顔をしているのは当然なんだけどね。

でもこの姿・・・間違いなく変態だよ。
真夏の晴天の下で自らスカートを持ち上げ、ショーツを丸出しにして・・・
しかも家じゃない、こんな町中で堂々としているだなんて。

誰かに見られたらどうなる?
もし、姉さんの知り合いでも通りかかったら?

幸い、今は近くに人はいないけど・・・
あのコンビニから誰かが現れでもしたら・・・
運搬業者やゴミ収集者がやって来たとしたら・・・
そう思うだけで、僕の心臓と股間は興奮しっぱなしだった。

やばいよ姉さん・・・
ふとした思い付きで『鏡』にしちゃったけど・・・
これ、面白すぎるって!

自分の妄想どおりに相手を作り変えてしまえる面白さ。
自分の動きどおりに姉さんがへんてこな動きをしてくれる楽しさ。
僕は、自分独自のまったく新しい憑依術の使い方を覚えたのかもしれない。

へへっ、オリジナルの憑依術講座を開けちゃうかも?
姉さんの体は、僕の想像力はどこまでも刺激してくれる。
イマジネーションの結晶だよ。

さあ・・・次は何をしようか?
今日はまだ長い。
こんな所で楽しみを終わらせちゃうのも、もったいない。
折角映画を観に行くんだし、もっともっと姉さんと色んな遊びをしないとね。

・・・よし!
面白いから、取り合えずこの状態のまま映画館まで行っちゃうおうか!?

僕は顔を綻ばせつつ、手をジーンズから離すと、早足で歩き出した。
――姉さんも、ぴったりと横に付いてくる。
スキップを踏んで飛び跳ねると、姉さんも楽しそうにスキップを踏んでくれる。
カクカクと腰を前後に振ってみれば、姉さんも躊躇なく恥ずかしいポーズを取ってくれる。

ふふふ!楽しい!楽しいよぉ!
普段なら絶対しないようなハメを外した行動も、今なら堂々と出来ちゃうもんね!

――そうだ!
僕の意識で動いているんだから、当然喋る事だって出来るんだよね!?

「「あー、あー、あー」」

試しに僕が声を出すと、姉さんもまったく同じタイミングで声を上げた。
す、すごい!!

「「あ、え、い、う、え、お、あ、お」」

まるで発声練習をする演劇部員のように――
僕らは声を揃えて、同じ台詞を口から紡ぎだしている。

男と女、
姉と弟、
関ヶ原花織と関ヶ原十郎、

2人はまったく違う人間なのに・・・
声色に違いこそあれ、僕らは乱れる事なく、2人だけのコーラスを続ける。

ああ、幸せだ・・・
こんな幸せがあっていいんだろうか?
僕が姉さんを自分好みの人形に変えているなんて、誰にも分かりはしないんだ。
こんな遊びを楽しめるのは、世界で僕一人。
誰にも邪魔されない、本当に『2人だけ』の時間を僕は過ごしているんだ。

独創的な遊びを生み出した優越感。
それを一人だけで楽しむ優越感。
何よりも他人を支配する優越感。

僕と姉さんだけの時間。
僕と姉さんだけの世界。

楽しいよね?姉さん。
気持ちいいよね?姉さん。
顔を見合わせて、僕らは互いの思いを再確認する。

次は何がしたい?
次は何をしよう?
この激しい鼓動も、姉さんに伝わっているんだろうか?
ああ、本当に僕らは今、ひとつになっているんだ・・・!

この世のどんなカップルにも、愛を育んだ夫婦でさえ味わう事の出来ない一体感。
ずっとこのままでいたら、僕らはどうなっちゃうんだろう・・・?
僕の妄想は、どこまでもどこまでも途切れる事なく続く。
その度に、姉さんは僕の思い通りの姿を披露してくれる。

少し歩く度に歩調を変え、時には異口同音で喋りながら、明らかに不審者といった自分たちの姿に恥じ入る事もなく、僕たちは目指す映画館へと向かった――


(つづく)

・本作品はフィクションであり、実際の人物、団体とは一切関係ありません。
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