17話 彼女たちと夜のひとときⅢ
今宵のイシュタルへの報告は、少々長くなってしまった。
朝のダイニングに始まり、放課後でのトイレや西校舎裏での情事。加えて自宅前に待機してた如月や柚ねえに出された禁止令についても話したのだから無理もない。
とは言っても自分のプレイを人に話して快感を得る趣味があるわけでもない。行為自体については簡潔に話し、その前後のやりとりなどを重視して伝えた。
『そうか、そうか。そちが存分に能力を活用し、情欲発散に尽くしてるなら我も喜ばしいことにゃ。じゃが……ふむ』
俺の話を聞き終えた純白の猫耳ロングヘアワンピ女神ことイシュタルは、なにか懸念する表情を作り、指先だけを合わせた両手を鼻につける。
両足も折りたたみ、その仕草は見た目通り中学生ほどの女の子がするような可憐なものだった。
ふわふわ、と髪やワンピースの裾をはためかせながら思案するイシュタルの視線が俺の目と重なる。
『ひとつ……いや、ふたつほど聞くがにゃ。あの嫉妬娘との行為……そち、避妊はしとるのかにゃ?』
質問に答えるのが当然の義務であるかのように、イシュタルは断りの言葉もなくそう切り出した。
そんな態度にも慣れ切った俺は、ごくごく普通に問いへの答えを考え始める。とはいっても、何秒も考えるほどの問題ではなかった。
むしろ、あまりに簡潔にし過ぎたせいで言い忘れたか、とその問いがでたことの原因まで模索するほどの余裕があったのだ。
答えは「そんなの当然」である。なにせ、俺にはイシュタルから授かった避妊の術があるのだから。
『いや、それ以外でにゃ。そちは接吻による術以外で、なにか避妊対策はしとるのかの?』
……いや、していないが。
改められた問いは、答えこそ先ほど同様瞬時に答えられたものの、その原因は分からなかった。
なぜ、イシュタルはそんなことを聞くのだろうか。まさか情欲発散用の能力を人に与えた性愛の神が、いまさら避妊の大切さを説くとも思えない。
『では、もう一つの質問にゃ。避妊の術の存在を、娘には話したのかにゃ?』
その問いもまた、即答できる。当然「NO」だ。
そもそも話す必要が無いし、話したところで信じてもらえるわけがないだろう。なにせ、如月にとってはただ恋人と性行為をしてるだけで……あっ。
『ふむ、ようやく気付いたかにゃ? まぁ、我の思い過ごしである可能性も考慮してたが、その反応を見るに中に出すことの了承を貰ってるわけでもなさそうだにゃ』
あぁ、もちろんそんな了承は得ていない……いや、貰ってない方がおかしいのだ。
如月とは今まで、二回ほど体を重ねてきた。一回目はお互いが処女と童貞だったし、勢いの余りってことでまぁ仕方ない点もあるだろう。
けれど、問題は二度目である。今日の、正確には昨日の昼休みに視聴覚室で彼女とした行為の中では彼女は避妊に対する発言はなにもなかった。
肝心の俺は如月への言葉責めに夢中になってたし、また術をかけたことで完全に安心しきっていたのでそこまで気が回らなかった。
『話を聞くに、その娘は恋人関係そのものに「お熱」とはいえ、それほど馬鹿とも思えんのがにゃあ。一度ならず、二度までも対策をとらんとなると……』
イシュタルは折りたたんでいた足を伸ばし、窮屈な体勢に飽きたのを示すようにワンピースの裾と髪を今度は横回転で大きく広げる。
チラチラと垣間見える魅惑のふとももを凝視しないよう(触らぬ神になんとやらだ)気をつけながら、俺は女神の言葉を待つ。
小さい体を最大限大きく見せるように両手を広げ一回転したイシュタルは小首を傾げ、言葉を紡ぐ。
『それもまた、娘にとっての「奉仕」なのかもしれんにゃ。なにも言わぬそちの態度で、娘は膣内への射精を求められてると思ったんではにゃいか』
もし仮にそうだとするならば、なぜ如月はそれほどまでに俺に、いや「恋人」に尽くすのだろう。
手作り弁当やデートの下見ならまだしも、性行為にいたるまで相手の好きなようにさせるとはあまりにも度が過ぎてはいないだろうか。
『それは神とて、分からぬ。充電中だしにゃ。ただ、』
クル、と手首を回し腹を上にした細く白い人差し指をこちらに向け、
『気をつけた方がいいかもにゃ。あの嫉妬娘の歪んだ価値観には、過激な書物とやら以外の……何らかの要因があるやもしれん』
そんな普段の雰囲気とは違うイシュタルの不穏な物言いが、俺の胸中で焦げ付くように強く印象に残った。
■
とあるマンションの一室。女子高生の部屋としてはやや殺風景ながらも、本棚に並んだ少女漫画やベッド脇のテーブルに置かれたヘヤピンやシュシュが女の子らしさを醸し出してる如月明衣の自室である。
すでにシャワーを浴び、水色と白のボーダー柄のトップスと寝る前なのでボトムも着用した如月はベッドに横たわっていた。
スタンドライトだけで枕もとを照らし、その灯りで明衣は趣味である少女漫画を読み耽っていた。
当然ちょっぴりどころではない過激な描写があるやつである。
だが、実際のところ本人はこういった描写だけを好んで読んでいるのではなく、純粋にストーリーも楽しんではいた。最早そういった描写が無ければ物足りないと感じることも事実だったが。
すでに何回も読み直している作品であるためか、明衣は単行本のページをめくりつつ別の思考を巡らせていた。
(「なにかあったのか」、か。別に私が気にするようなことはなかったはずなんだけど……)
回想するのは夕方。愛する人の家で彼をこっそりと待ち、ちょっとしたいたずら心で脅かした時に言われた言葉である。
あの時、明衣は執拗に総太の家にあがることに拘った。それは純粋に彼との関係を進めたかったという清い思いもあったし、彼の家族に『自分を知ってもらうこと』で恋人であることを暗にアピールするなんて本人に聞かせられないような計算的な狙いもあった。
ただ、その段取りが性急だったと指摘されれば、明衣自身もそれは認めざるを得ないだろう。
ならそれはどうして? と問いかけられたら、なんと答えるだろうか。
(私が総たんを信用してなかった? なんの根拠もない、『篠宮との関係』を疑ってるから?)
こんな思いは彼に対する裏切りであることは理解していた。
彼が『ブレスレットの約束』を忘れ、自分のそばから離れていくことなど考える必要なんてないはずだった。
ただ、この疑念、いや『恐怖』は簡単に振り払えるものではなかった。如月明衣の奥底に眠る、あの記憶がある限りは。
(総たんは違う。総たんは私のそばからいなくならないし、冷たく突き放すこともない。絶対に。『あんな人たち』とは、違う)
いつしか明衣はベッドのシーツの上で体を丸めていた。根元から露出したやや日焼けした太ももや足先同士を擦り合わせ、まるで孤独から身を守ろうとする捨て猫のような格好になっていた。それは事実、心の隙間を補うための体がとった防衛本能のように思えた。
そんな体勢でもめくり続けていた少女漫画に意識を移すと、過激な描写がある、いわゆる濡れ場に相当する場面に行き着いていた。誤解が解けた主人公と恋人が寝具の上で愛を確かめ合っているシーンである。
彼女たちを見つめていると、明衣も芽森総太との甘く、熱い感触が蘇ってくる。
普段は素っ気なく、好きの一言も言ってくれない彼が自分を求め、力いっぱいに抱き締めてくれる蜜月の時間。
少女漫画の中で見た、強く決して途切れることのない繋がりを確かに現実で感じたのだ。少なくとも、明衣自身は。
「総……たん……」
熱い吐息と共に零れたのは愛する彼を『性的』に求める、そんな響きを持った呼びかけだった。
徐々に擦り合わせる太ももは目的を変え、快感を誘おうとする卑猥な動きに変質していく。
単行本を枕もとに閉じて置くと、右手がボトムと下着の間に滑り込み、疼き始めた下着越しの割れ目へと向かっていく。
サテン地のスベスベした感触の下に、密集した恥毛と小さな膨らみを感じる。
明衣はいきなり『それ』に触れるのではなく、 その周辺からジワジワと愛撫を始める。
もう片方の手は総太の手つきを再現するように、じわじわと腹部から胸へと這いずるように動き始める。
とても弱々しい刺激だが、それは快感を引き出すのに慣れた者がする呼び水のような行為だった。
それから、何分が過ぎただろう。
「……んっ……ふっ、あぁ……そう、た……んんっ」
徐々に体のあちこちが熱を帯び、そして敏感なものへと変わっていくのを感じながらシーツの上で体を転がした。
うつ伏せとなり、繊細な刺激から圧迫感がもたらすタイトなものへと快感をシフトさせていく。
じんわりと掻く汗とともに、秘部もぬるぬるとし始めたことが分かると明衣はスカイブルーの下着ごとボトムを脱いでいく。
ベッドと肌の間で挟まれながらも、手は乳輪や陰唇をなぞり微かな快感を集めていく。
靄というより生暖かい蒸気が頭の中にかかりつつも、明衣はその興奮状態を心地よく感じていた。
(好き……総たんが好きなの。こんなになるほど、私はあなたを求めてる。だから、受け入れる。私も総たんを……)
「んんっ! あっ、あぁぁ……はぁっ、んあぁ!」
右手がついに、包皮の下にあるクリトリスへと伸び出した。
存分に焦らしたおかげで、ぬるぬるになったそれを撫でるだけで明衣の白く引き締まった尻を揺らした。
ピク、ピクと不規則に一瞬だけ痙攣する臀部が徐々に突き上がり、はしたない格好へとなっていく。
いまの彼女を後ろから見たら、彼女が弄ってるところだけでなく菊門まで丸見えだろう。
声を出すことで快感が増すことを知ってる明衣は、そのはしたなさが自身の興奮を高めることも分かっていた。
(でも、こんなの総たんに見られたら……きっと、死んでしまうわね)
似たような体勢で性行為をしているにも関わらず、そんな矛盾した思いを明衣は浮かべていた。彼女にとっては総太の前で乱れることと、自慰行為で乱れることは別問題であるらしい。
スタンドライトが薄暗い部屋の壁に、明衣の淫靡なシルエットを投影していた。
空間には濃密な臭いと、断続的に響く嬌声に満たされていく。その中にピチャ、ピチャと微かな水音が徐々に混じっていく。
指先がカウパーでべとべとになると、明衣は一度大きく息をつき、そして中指を『ナカ』へと押し入れていく。
彼との行為を経て、だんだんと指を入れるのが楽になるのを明衣は感じていた。割れ目そのものが広がったというより、外と中の肉壁がほぐされてきたという感覚であった。
「んんっ……」
指が完全に入ると、ザラッとした肉のヒダたちがギュッと指を締め上げる。
強張った膣壁にこもった力を、吐息とともに吐き出しながら明衣は指の動きをスムーズにすることに努めた。
だんだんと余裕を見つけると、指をナカで折り曲げ、慣れしたんだ快感のスポットを探る。
「ぃぁッ……んあ、はぁはぁ……」
ゆっくり、ゆっくり、愛でるように内壁を擦りながら、親指で再び肉豆を弄り出す。
外と中を同時に責め立てるその様は、実に慣れたものだった。
一本目の抽送がスムーズになったのを確認すると、二本目の人差し指も差し入れていく。彼のモノに比べれば足りないが、そこそこの充足感が明衣の下半身を満たす。
それから耳かきのように、内側を傷つけぬよう気をつけながらも快感のスポットを貪っていく。
自分の聴覚を刺激するように、甘い嬌声をあげながら明衣は身をよじる。指だけでなく、腰も上下に動かしながら快感の『果て』を捉える。
焦らした分、いつもより絶頂の予感が早かった。
焦らすのをやめ、指の動きを優しくかつ滑らかに速めていく。
力が抜けそうな足が、手を挟むようにきゅっと閉じられる。それでも、明衣の手の動きは止まらない。
その速度が一定に保たれると、あとは体が限界を迎えるのを待つだけである。
そして、ほどなくしてその限界は訪れた。
「イく……イッちゃ……そう……た、んんぁァああッ!!」
日焼けを免れた白い尻だけでなく、全身を震わすように快感はその細い体を駆け巡った。
ぐったりとベッドに倒れ込むと、シーツが汚れるのも構わず、明衣はしばらく柔らかな感触に身を預けた。
痺れるような余韻に包まれながら、明衣は心地よく脱力していく。
こうして、好意と情欲を求めた少女の悦楽の時間は終わりを迎えた。
■
『避妊の術、と言えばにゃ』
指を一振りし、話題が変わったことを示すようなアクションを取ってイシュタルは話し始める。
『あの短髪娘にはしなかった……というより、出来なかったわけだにゃ?』
あぁ、篠宮さんの改竄は膣の中のマッサージってだけだったからな。
念のため聞くけど、避妊の術って猶予はあるんだよな。確か如月の時も、翌日に使ったわけだし。
『明確な期日は決まっとらんがの、まぁ一週間ぐらいが限度だろうにゃ。あれは受精したものを阻害する類いの術故、着床したら効かなくなるにゃ』
だから、大体一週間か。
とはいっても、余裕をもって四日五日ぐらいが限度だと思っておくべきか。
『じゃが、これは大した問題ではなかろうて。会えさえすれば、改竄術で簡単に接吻のひとつやふたつは成し遂げられよう。挨拶をアメリカのようにベロチュウに変えたりとかにゃ』
どんな淫乱国家だよ。
アメリカも流石にそこまで性にオープンじゃないだろ。
『にゃははは。まぁ、そちにとってはこの問題よりも「アレ」のほうが大事かにゃ?』
イシュタルがからかうように言い出したのは、別れ際に篠宮さんから言い渡されたあのお願いのことである。
確かにアレのほうが俺にとっては重大なことかもしれん。
なにせ、恥ずかしそうに顔を赤らめた女の子からこう言われたのだ。
「わたしと――――」
■
「――週末、遊びに行かない? ……って、これ完全にデートの誘いだよね」
自室でクッションを抱えながら、改めて自分がしたことに鈴羽は赤面する。
畳に敷かれたカーペットの上で片手にチョコアイス、片手にクッションを持った状態で鈴羽は胡座をかいていた。
膝を綺麗に真横に広げた体勢は鈴羽の体の柔軟性を表すとともに、主に足の付け根付近が、チラリと見える淡いピンクの布地や白と小麦色の肌のコントラストなどによってきわどい魅力を放っていた。
自室なので誰かに見られる心配はないが、仮に芽森総太でなくとも年頃の男子がこんな姿を見たら情欲を覚えることは必然だろう。
(でも、『必要な』ことだし……うん、それに急な誘いだったけど、総太くんがOKしてくれてよかったな)
鈴羽が唐突に総太を誘ったのは、放課後に西校舎裏での出来事が原因だった。
彼女は決意を強く強く固めた末、彼を呼び出したはずだった。
目的はこの胸の内で釈然としない、曖昧模糊な気持ちと決別するためだった。
悩むなら走りながら考えるというのが基本思想な鈴羽にとって、それは実に彼女らしい行動力の高さだった。
なのだが。
(なにも言えなかったしなぁ……総太くんにストレッチを手伝ってもらってから頭がボウっとしちゃうし)
いままで、こんなに一つの物事に足踏みするなんてことは体験したことが無かった。
高校受験で志望校を決める時だって陸上が強くて家からも近いという理由で即決した。当然、異性に告白しようとしてあれこれ悩んだ経験などもない。
そもそも家族以外の身近な異性についてこんなに考えること自体、初めてなのだ。
(告白、か。やっぱり、わたしは総太くんのことを……)
その事実を、やはり鈴羽はすんなり受け入れられなかった。
芽森総太に対して強く特別な感情があるのは事実であり、それ自体は鈴羽も受け入れていた。
だがそれは『恋』なのか? その正否に未経験な少女は頭を悩ませていた。
悩みの種としては、鈴羽自身が認識できないまま総太との情欲的な関係が進んでいる点だろう。
今日は遂に処女すらも知らず知らず奪われたわけだが、彼女の中ではそれを意識することは出来ない。
ただの『膣の中のストレッチ』をしただけであり、あれが性行為など欠片も考えないだろう。
だが、だからこそ、
(わたし、今日総太くんにミルクを貰おうとしながら『あんな事』して……それに、あのストレッチのことも頭から離れないし。熱くてキツくて、痛いだけとしか感じなかったのに)
この体の疼きのようなものが鈴羽を混乱させる。
せっかく彼と向き合い、この想いにケリをつけようとしたのを邪魔したこの感情。
だが、同時にある仮説が鈴羽の中で出来上がった。
――「それじゃあ、ご褒美に篠宮さんの大好きなミルクをあげるよ」
発想の起点となったのは、芽森総太のこの一言だ。
鈴羽があの白い物体が好きなことは、自他共に認める事実にもはやなっていた。
つまり、そこから出来上がった仮説というのは、
篠宮鈴羽が本当に好きなのは、『芽森総太』じゃなくて『おちんぽミルク』ではないのか?
ということだった。
だから、それを見極めるためのデートの誘いだった。
ついついミルクをせがんでしまう校舎裏ではなく、ただ芽森総太本人と会うためだけの時間を作るべきなのである。
(それで、総太くん自身が好きだと思えるなら、うん、告白する。でも、もしそうじゃないなら……そうじゃない、なら……えーと……そ、それは、その時考えればいいよね!)
やや乱暴ながらも考えが纏まると、鈴羽はすっきりした顔つきになり気持ちも澄んだものへと変わっていく。
やはり目標があるというのはいいことだと思いながら、溶けかけてることに気付いたアイスに口をつける。
ぬるぬるとした棒アイスを舐めるにつれ、いつかのように鈴羽は無意識に情欲を覚える。
(……だめだめ。週末まではこの妙な気持ちは抑えとかないと。そうじゃないと、見極められないし)
雑念を払うように鈴羽は頭を振り、それから大きく口を開け、その芽森総太のアレと重ね見ている黒いチョコアイスにかじりついた。
ガブリッ! と。
■
――――いッ!?
『どうかしたかにゃ?』
いや、なんか悪寒というか恐ろしい痛みを感じた気が……なぜか、下半身中心に。
『……それはあれかにゃ? 遠まわしに我に要求してる訳かにゃ? 昨晩のあれは特別だと言ったはずだがにゃ、そう易々と頼られると――』
あ、いや、違う! ないない! そんな思いはこれっぽっちもない!
『む、そうかにゃ』
なんとかイシュタルからの『無礼者への裁き』を回避し、俺は安堵する。
迂闊なことを言うと、どんな風に解釈されてイシュタルの怒りに触れるか分からないのが恐ろしい。
まぁ、要求した前科があるから強く非難できないのけれど。
『あまり簡単に物事が運ぶと考えない方が得かもしれんぞ。そちの姉との間に起きたあれも、それが原因だろうにゃ』
イシュタルが言い指したのは当然、あれのことだろう。柚ねえから出された『禁止令』のことである。
当然、改竄術がある俺にそんなものは通用しないのだが、姉と仲が悪いというのは弟としては肩身が狭い気分である。両親不在で二人暮らしをしてる現状なら、余計にだ。
『ふむ、じゃがあれは本当にただの拒絶の言葉だったのかにゃ?』
意地悪そうに、また如月の話の時のように神様らしくすべてを分かってるような言葉をイシュタルは呟く。
だが、今回は俺も理解していた。
まだ知り合って一ヶ月と経っていない如月相手ならともかく、十七年も共にいる柚ねえ相手なら大体察しはついている。
あれは俺を叱る意図もあっただろうが、同時に柚ねえ自身を戒める言葉でもあったのだ。
過保護な柚ねえだが、過去にもあまり弟を甘やかしてはいけない、とあんな風にそっけなくなる時期があったのだ。
結局はいまみたいな甘すぎる姉に戻ったが、あれは柚ねえ自身が耐え切れず戻ったような感じだった。
『それもまた、「弟の世話を焼きたがる自分」を律するための行動だった、というわけかにゃ。となると、そちの作戦は上手くいってるということでいいのかにゃ』
この推測が正しいならな。
柚ねえ自身が『危ない』と、『一線を超えるかもしれない』と意識しだしたってことだ。
『にゃるほどにゃるほど、じゃあ、我からいうことは特ににゃいな。結果を楽しみにしとこう』
夢の中なので時間感覚すらも曖昧だが、疲れるほど長く話した感覚はあり、イシュタルは一息ついてこちらに低速で飛び掛かってきた。
蝶が花弁の上で休憩するように、ふわりと俺の胸の前に真っ白な塊が止まる。
なびく白髪から嗅いだことのないような甘く透き通った匂いを感じながらも、俺は間違って頭を触れぬよう痴漢対策のサラリーマンのように腕をあげた。
『そういえばにゃ、あの控えめ娘の家に行くというのはどうなのにゃ』
もとより、イシュタルの中ではあまり印象に残っていなかったのだろう。
ようやくその存在の話題がまだ出てないことに気付き、話を振ってきた。
とは言うものの、あまり話すようなこともない。
高原さんの妹に会いに行くといっても、どんな人間なのかも知らないため、策の立てようもないからだ。
けれど、これだけは言えよう。
『にゃ?』
高原さんの妹なら、きっとかわいいはずだろう、と。
■
高原家の二階廊下。
一枚のドアの前に高原恵美は立っており、そのドアの向こうは妹 高原玲美の部屋であった。
結局、今日は夕食時にしか顔を見せず、大した会話もないまま妹は部屋の中に籠ってしまった。
両親も心配していたのだが、原因が分からないため説得のしようがないのだ。いや、そもそも玲美は両親とあまり良好な関係ではないことも関係してるだろう。
(玲美は自分の友達の話もしてくれないし、本当はわたしが聞かなきゃいけないことなのに)
明日、恵美の友人である芽森総太が家にやってくる。
あの人見知りである妹が、それも緊張するだろう年上の男性に関わらず仲良くなった相手なのだ。
なにか家族には言えないが、けれど親しい相手には言えるようことを彼には話してくれるかもしれない。
そんな期待を持ちつつ、恵美はドアをノックする。
「……」
中で人が動く気配はするものの、ドアを開ける気配も返事をすることもなかった。
恵美は無理に中に入ろうとはせず、そのまま中にいる妹へと語りかけた。
「玲美、あのね。明日、芽森くんが家に来るの。覚えてるでしょ? 玲美も仲がよかった。だから、もしよかったら顔を出してくれないかな。うん、ホントあいさつするだけでもいいの」
ドアの向こうに反応はない。
だが、静かにこちらの言葉に耳を傾けてくれてるようにも恵美は思えた。
「それじゃ、おやすみ玲美」
ドアの前を離れ、廊下を挟んだ向かいにある自室へと恵美は帰っていった。
けれど、このとき玲美がなにも答える気がなかったのはある種幸運だったかもしれない。もちろん、芽森総太にとって。
なにせ姉の言葉を聞いた妹の頭に浮かんだのは、抱いて当然ながらも口にすれば確実に混乱を呼ぶだろう疑問だったからだ。
すなわち、
(……『めもり』って、だれ?)
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18禁PCゲーム【エロダンジョン・マイスター】の廃人プレイヤー厚木省吾は徹夜でのゲームをし続けた翌日、バイトに向かう途中でトラックにひかれてその命を失った。しか//
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最終掲載日:2013/10/11 15:48
淫魔の波動(N5425BP)
名門女子高に勤める根暗で気弱な理科教師は、ある日不思議な夢を見た。夢の中で淫魔と契約した男は、自分が不思議な『力』を得ていることに気付く。自分の中に眠るドス黒い//
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最終掲載日:2014/05/26 23:00
愚者の狂想曲☆(N1734BG)
とある学生であった葵 空は、休日に立ち寄ったレンタル店のワゴンセールで、一本のゲームを手にする。何気にそのゲームを起動した葵は異世界に飛ばされてしまう。右も左も//
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最終掲載日:2013/05/21 00:54
痴漢蟲(N1481BN)
もてない気弱な少年の唯一の楽しみ・・・「痴漢」
その少年は不思議な女性と出会い「この昆虫を女性に寄生させて欲しい」と依頼される。
その虫の驚くべき能力、生態。
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最終掲載日:2014/05/13 20:00
純愛✕陵辱 コンプレックス (N0280Z)
オレが高校入学と同時に好きになってしまった美少女、白坂雪乃。「いいんだ、彼女を遠くから見ているだけで」なんて思っていたら、ある日、彼女にオトコができたという噂を//
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最終掲載日:2014/06/20 02:29