高橋 智
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- 高橋 智
本日はよろしくお願いいたします。 では、早速チームを作りましょう。まずオーナー名はどうしますか?
- 高橋
- やっぱり「デカ」で!
ファン球団はどうしますか?
- 高橋
- 現在名古屋に住んでいるので中日にします。
本拠地は近所の三重にしましょう。
チーム名は?
- 高橋
- うーん、どうしようかな・・・。
(しばらく熟考)
じゃあ「一升瓶」で!
「一升瓶」というおいしい焼肉屋さんがあるんですよ(笑)。
続けてチームロゴとユニフォームを決めてください。
- 高橋
- チームロゴはパンダにしましょう。弱そうだけど(笑)。色はオレンジで。
ユニフォームもオレンジを主体にして、クリーム色を入れてレトロな感じにしましょう。
ビジター用のほうは赤とエンジを基調にしてください。
なかなかユニークなユニフォームになりましたね。では最後に秘書を選んでください。
- 高橋
- コスプレとかの人はいないんですね(笑)。
ではキャスリンでお願いします。
スターターパックはどれにしますか?
- 高橋
- やっぱり打撃中心ですね。
中心選手は谷繁元信(中日)でお願いします。
これでいよいよ球団運営がスタートです。メンバーを見ていかがですか?
- 高橋
- 打撃中心のチームを選んだのですが、このメンバーを見ると、
まずは投手力を強化していく必要がありますね。
どういった投手が高橋さんにとって理想的ですか?
- 高橋
- 先発は、戦力として計算できることが重要ですね。
ダルビッシュ(日本ハム)のように完投できるのが理想ですが、
完投できないにしても5回、6回まできちんとゲームを作れると監督としては投げさせやすいと思います。
高橋さんが監督だとしたら、どういったチーム作りをしていきたいですか?
- 高橋
- 勝ち負けにこだわる野球よりも、個性的な選手を集めて野球をしたいですね。
新人時代の阪急時代に個性的な先輩方に囲まれて育ったせいかもしれませんが(笑)。
なるほど。では打線はどのようなかたちが理想ですか?
- 高橋
- 今の中日のようにクリーンアップが2つあるような打線ですね。
極端な話ですけど、1番から9番までホームランバッターを揃えるのもおもしろいと思います。
ただ、ある程度の機動力は必要なので、実際には難しいですけど。
キャッチャーはいかがですか?
- 高橋
- キャッチャーは肝心ですね。だから先ほど谷繁を選んだんですよ。
ピッチャーを育てるのはキャッチャーですから。
実際に高橋さんがコーチなどに就任されたらいかがですか?
- 高橋
- 僕がコーチになるなら、選手と同じ目線でやりたいですね。
野球をするのはあくまで選手ですし、コーチは選手をサポートする役割なので、
選手をどうやってやる気にさせるかですよ。
勝った時は選手を誉めてあげて、負けた時は選手のせいにはしないようにしたいですね。
ただ、選手の機嫌をとるようなやり方はしたくないですね。
チーム状況にもよりますが、成績が低迷しているチームだったら、かなり厳しくやると思います(笑)。
今の中日は練習量がすばらしいと思います。
やっぱりたくさん練習しているチームは強いですよ。
現役時代のお話も伺いたいのですが、高橋さんは投手から野手に転向されましたね。
- 高橋
- 学生時代は、投手で5番打者でした。エースじゃなかったですけど(笑)。
阪急ブレーブスに入団した時は、コントロールが悪くて投手としては通用しないから野手になれと、
当時の上田監督に言われました。打撃フォームを買ってもらっていたようです。
それで水谷(実雄)コーチにイチから打撃を教わりました。
水谷コーチに出会わなかったら、今の僕はないですね。
当時の阪急は凄い選手が揃っていましたから、試合に出るだけでも大変だったと思います。
- 高橋
- 当時は試合に出ること以前に、先輩の方々に名前を覚えてもらうだけでも大変で、
毎日8時間は練習していました。
もちろん練習は大変でしたけど、楽しく野球をやろうと心がけていたら、
結果もついてきてくれてそれを監督が買ってくれたんですね。それでチャンスが巡ってきました。
92年と93年には、オールスターゲームに出場されましたね。
- 高橋
- オールスターはお祭りでしたね。
92年の時はライトを守っていたんですけど、あの時はピッチャーが凄くて、
私のところには全くボールが飛んできませんでした(笑)。
あとホームラン競争は楽しかったですね。
現役時代苦手だった投手はいますか?
- 高橋
- 打席に入って嫌だったのは、野茂(英雄)さん(元近鉄バファローズ)、
石井(丈裕)さん(元西武ライオンズ・日本ハムファイターズ)、
潮崎(哲也)さん(元西武ライオンズ)ですね。
特に野茂さんのあのフォークは嫌でしたね。
潮崎さんは打ったことはありますけど、あのシンカーに三振した記憶のほうが強いです。
また石井さんは、ノーヒットノーランを阻止したのが記憶に残ってますね。
全く打てる気がしなかったのですが、たまたまいいところに転がってくれて。
当時の西武の選手からは、空気読めよという感じで睨まれてしまいました(笑)。
打てる打てないは別にして、勝負してくれる投手のほうがおもしろかったです。
三振にしても、打てるか打てないかというぎりぎりのところに投げられて三振を奪われると、
バッターボックスの中ですみませんと謝っていました(笑)。
当時仲が良かった選手などはいますか?
- 高橋
- どちらかというと、日本人選手より外国人選手のほうが仲が良かったですね。
いろいろと異文化交流を楽しみました(笑)。
長距離ヒッターとして有名な高橋さんですが、記憶に残っているホームランはありますか?
- 高橋
- 狭い球場でしたけど、川崎球場で場外ホームランを打ったのが印象的ですね。
あとは、東京ドームで打った3打席連続ホームランです。(92年5月27日・対日本ハム戦)
あの時は無の境地でしたね。
無我夢中でどうやって振ったのかも覚えてないですし、
ちゃんとベースランニングできたのかどうかもわからなかった(笑)。
あのシーズンは本当に野球がおもしろかったし、あの3本のホームランで僕の野球人生が変わりました。
逆に初ホームランはあまり印象に残ってないですね。
1軍に上がるまでに既に2軍で21本打っていて、その好調の流れのままで打てたので。
外国人選手にも全く引けをとらないパワーだった高橋さんですが、そのパワーの秘訣は何だったのですか?
- 高橋
- 体の大きさだけですよ(笑)。
子供の頃から牛乳が好きで、たくさん飲んでいたから大きくなったのかもしれませんね。
実は今でも牛乳はたくさん飲んでいます。
お酒を全く飲まないので、寿司を食べる時でも牛乳だったりします。ありえない組み合わせですが(笑)。
ただ、この体のおかげで10年以上野球ができたので両親に感謝しています。
今でもものすごい筋肉で、格闘家と間違えるほどですが、引退後も鍛えているんですか?
- 高橋
- 格闘技はローキックが痛そうなので嫌ですね(笑)。
あくまで趣味ですが、今でも週1回ジムに通っていますよ。
セ・リーグとパ・リーグ両方経験されましたが、違いはありましたか?
- 高橋
- 阪急とヤクルトでは、全く雰囲気が違いましたね。
阪急は一匹狼の方々の集団という感じでしたが、逆にヤクルトはアットホームで、チーム一丸でやるぞという雰囲気でした。
球団によってチームカラーというのが全然違っていて、どちらの球団もおもしろかったですね。
本日は長時間お付き合いいただきありがとうございました。
なお今回作成したチーム『一升瓶』は、引き続き高橋さん本人に期間限定でプレイしていただいております。
(ワールドはルースです)
ルースにいる皆さん、ぜひチェックしてみてください!
- 高橋 智(たかはし・さとし)
-
出身地:神奈川県横浜市
出身校:向上高等学校 生年月日:1967/1/26
身長/体重:194cm/100kg
投打:右投右打
球歴:阪急ブレーブス(85年~88年)-オリックス・ブレーブス/ブルーウェーブ(89年~98年)-ヤクルトスワローズ(99年~01年)-誠泰太陽(台湾・02年)
通算成績/記録:939試合出場
737安打/124本塁打/打率.265
ベストナイン(92年)
オールスターゲーム出場(92年・93年)