初めての猫との出あいに胸を熱くし涙した写真家は、今なおその“呪縛”にかかり、魅了され続ける。
NHK BSプレミアムで放送中の『岩合光昭の世界ネコ歩き』。猫好きの心をわしづかみにして、大好評でシリーズが続いている。「こんなに人気が出て、大騒ぎになるとは。現在、月の半分はこの番組のロケで、野生動物を撮影しに行く時間がありません(笑い)」
視聴者の目は厳しく、感想も多く寄せられるという。「期待に応えるべく、スタッフと毎回作り方に工夫を重ねて、クオリティーを上げようと頑張っていますが、猫を相手に『今回は映像を撮って帰れるのか……』と、心配になる時もあります」
被写体は猫。こちらの思うようにスタンバイして、動いてくれるわけではない。
それでも、岩合さんには猫が寄ってくる。スタッフが「岩合ミラクル」と呼ぶ出あいだ。腹ばいになった岩合さんの前で、すっかり気を許して、あるいは我関せずと、くつろいだ表情を見せる猫たちの姿には自然に頬(ほお)が緩む。
「昔に比べると、世界的に、僕が“自由猫”と呼ぶ野良猫は見つけにくくなりました。昔は人が猫の存在を気にしていなかった。ねずみを取る生き物というくらいで、放っていたんです。けれど、今は人が管理している。被写体としては、自由猫はとても魅力的なのですが」
イタリア・シチリア島のコルレオーネ村では、1頭の魅力的な猫を何度か撮影している。10歳を超え、堂々とした風格。カフェでは「ドメニコ」と呼ばれ、魚屋、ある家の中庭それぞれで異名をもつ。最後に取材に行った時には、地元の人が“彼”がいかに素晴らしい狩りで鳩を仕留めたかを熱く語ってくれた。「その瞬間を撮影できず、残念でした!そんなたくましい猫も、撮影していると本当に愛らしい。子猫の時から皆にかわいがられてきたことが、よくわかります」
今や日本で“猫まんま”を食べる猫は少ないだろうが、各地で“おこぼれ”に預かる猫は健在だろう。岩合さんによると、イタリアの猫はパスタをすすり、香川県の猫は、うどんをすする。パスタのトマトソースをこぼさず毛を汚さず綺麗(きれい)に食べる子もいれば、ソースまみれになって食らう子もいる。猫の暮らしは、人と共にあるのだ。
岩合さんと猫の出あいは高校生の時にさかのぼる。それまで道を横切る猫しか見たことがなかった岩合さんが間近で猫を見る機会があり、「こんな生き物が世の中にいるのかと胸が熱くなり、不覚にも涙を流した」そうだ。「それが今も続いているんです」
「猫は未知の部分が大きい動物。一生追い続けても、きっと理解しきれないし、わからないのが魅力です。だからこそ、撮り続けられるのだとも思う」
だからこそ、猫のスペシャリストのように呼ばれることには、戸惑いもあるという。どれだけ猫やほかの動物を見ていても、それは見た範囲内でのこと。この動物はこうだ、と断定はできない。さらに一頭一頭には当然個性のようなものがあって、岩合さんは撮影時、それぞれとの距離の取り方を見極め、「“この猫”を撮りたい」という気持ちを大事にしている。
「まずは相手ありきです。人に対しても動物に対しても同じですが、人はつい自分本位になりがちで、相手をきちんと見ることが難しい。たとえば、獣医師から、こんな話を聞きました。ある人が、飼い猫の具合が悪くなったと動物病院に連れてきた。診ると相当に悪い。なぜ早く連れてこなかったのかと聞くと、昨日まではフードを食べていたが、今日急に食べなくなったと。ご飯だけを見て、猫の顔や様子を見ていなかったんですね」
岩合さんの撮影の様子を見ていると、ずーっと猫たちに話しかけている。どこの国でも日本語で、そしてとても優しく。「猫は手放しでかわいい」という岩合さんの思いは、「世界ネコ歩き」で拍車がかかった。「この“呪縛”から、いったいどうやって逃れるのか(笑い)」。猫を愛してやまない岩合さんの目を通した猫たちの姿は、これからも猫好きを虜(とりこ)にして離さない。
<プロフィール>
岩合光昭(いわごう・みつあき)
1950年東京都生まれ。19歳で訪れたガラパゴス諸島の自然の驚異に圧倒され、動物写真家に。以来、世界をフィールドに撮影を続けている。猫に関する近著に『岩合光昭×ねこ旅』『ネコライオン』『イタリアの猫』『ねこ歩き』など。
この記事は『sippo』no.22(2014年3月発行)に掲載されたものです。内容は取材当時のものになります。
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