パレスチナ統一内閣の光と影――ファタハ・ハマース連立に課された課題

2014年6月2日、長年対立していたファタハとハマースの間で合意が成立し、パレスチナ自治区に統一内閣が発足した。

 

その背景にあるのは7年前に起きた政権分裂である。2006年に行われた立法評議会選挙でハマースが勝利すると、国際社会はパレスチナ政府に対して経済制裁を科した。その後経済危機に陥ったハマース政権は、ファタハとの連立を試みるが結局失敗し、政権は分裂することになった。以降、今回の統一内閣発足まで、パレスチナ自治区は、ガザ地区のハマース政権とヨルダン川西岸地区のファタハ政権という二重政府状態が続いていた。

 

今回の合意では、その分裂状態がようやく解消されることになった。ファタハとハマースの交渉は予定された期限をやや過ぎたものの、概ね計画通りに組閣人事が合意された。首相には、ファタハのラーミー・ハムダッラーが就任した。ハムダッラーは無党派のナジャフ大学学長で、昨年6月にファイヤード首相の後を継いで首相に就任した。途中で辞任騒ぎなど起きたものの、その後辞意を撤回し、今回の統一までハマース側のイスマーイール・ハニーヤと並びたつ首相を務めていた。

 

新しい閣僚メンバーは9人の新顔を加えた17人で構成される。そのうち3人が女性閣僚で、5人がガザ地区からの選任だ。無党派のテクノクラートにより構成され、議会選挙までの中継ぎの役割を担う。

 

 

受け入れられたハマースの政権参加

 

注目に値するのは、ハマースとの合意により組閣された今回の内閣に対して、アメリカ政府が承認に踏み切ったことだ。イスラエル国家の存在を承認しないハマースが参加する内閣をイスラエルは否認しており、これまでアメリカもその動きに同調してきた。だが今新政権の樹立にあたっては、カルテット(アメリカ、EU、ロシア、国連)が繰り返し提示してきた「イスラエル国家の承認、テロの放棄、これまで交わされた国際合意の遵守」という三条件を前提に、政権を認めることになった。

 

組閣が発表される前日、アメリカのケリー国務長官はアッバース大統領と電話で会談し、新政権におけるハマースの役割に懸念を伝えた。だが実際に統一政権が発足すると、ケリーは新内閣に対する対応を「構成と政策、行動」によって判断するとして、発足の翌日には上記の留保つきの承認を表明した。「即時承認はしない」と聞いていたイスラエル当局関係者は、事前の約束を裏切られたと、アメリカに対する反発を強めている。

 

EUと国連もまた、組閣の翌日に歓迎の意を示した。キャサリーン・アシュトンEU外交代表は、統一政権の形成を「重要なステップ」として評価した。インド、中国、トルコも新政権の承認に加わり、統一内閣承認の動きが広がっている。

 

ハマースが加わった組閣に対して、国際社会が支持を表明した意味は大きい。2006年の選挙後の組閣では、ハマース首班の政権に対して国際社会は全面的な経済制裁で応じたからだ。これにより自治政府は経済危機に陥り、ファタハとの連立交渉をめぐり錯綜した後、政権は分裂することとなった。このときと今回との反応の違いには、今政権が無党派のテクノクラートで構成されていることの影響が大きい。

 

また8年前には強い拒絶が示されたイスラーム主義政権に、「アラブの春」で同様の政党が民主的に選出される例をいくつも目の当たりにした国際社会が耐性をつけ、拒否反応が少し弱まったという面もあるのかもしれない。いずれにせよこの度の統一新政権は、国際社会から比較的寛大な承認を得て始動することができた。

 

ただしEU代表部が承認を述べる声明のなかで釘を刺したように、国際社会がパレスチナ政権に望むのは、上記の三条件に加えて1967年時点の境界線を国境としたイスラエル・パレスチナによる二国家解決の選択である。ハマースは現在のところこれらを拒否し続けており、同意までの道のりは遠い。

 

 

カイロ合意で決めた国民和解の達成

 

ファタハとハマースの間で統一政権を作ることは、3年前に実現を約束された内容のひとつだった。2011年1月、チュニジアで起きた民衆蜂起から各地に伝播した「アラブの春」と呼ばれる民主化運動は、パレスチナでは政権分裂に対する抗議運動という形をとった。ファタハとハマースという二大政治派閥が互いに対立し内部分裂を続けていることが、パレスチナ全体の政治的停滞を招いているとして、自治区全土で運動が起きたのだ。

 

これを受けて同年5月、両派閥の指導者はカイロで会談し、統一政権に向けて協議を開始することで合意した。西岸地区とガザ地区で引き裂かれていた住民に、一つの政府を作ること、すなわち国民和解を約束したのだ。今回の政権樹立はこのカイロ合意を基にしている。

 

カイロ合意以降、ファタハはいわば、イスラエルとの和平交渉と、ハマースとの統一交渉との間で、綱引き状態におかれてきた。中東地域の安定を望む部外者にとって、どちらも和解というプラスのベクトルをもつように見えるこの二つの選択肢は、実はアンビバレントな関係にある。イスラエル国家の存在を認めないハマースを含む政権を、イスラエルは一貫して否認してきた。イスラエルはハマースをテロ組織と呼び、ハマース側もイスラエルとの交渉を拒否している。こうした関係は2006年のパレスチナ立法評議会選挙以降も変化していない。他方で統一政権は、パレスチナ自治政府の政権にハマースが参加することを意味する。あちらを立てればこちらが立たず、という関係だ。

 

昨年7月以降、アメリカのケリー国務長官を中心とした和平交渉が活発化してからは、天秤の針は和平交渉重視に傾いていた。それが今年4月末に設定されていた期限を前にして、和平交渉がこう着状態に陥ったため、ファタハは和平交渉に見切りをつけて国民和解に踏み切ったとものと考えられる。和平交渉の期限が切れる直前の4月23日、ファタハはガザでハマースと会合を開き、5週間以内の統一内閣の形成と6ヶ月以内の選挙の実施で合意した、と発表した。ハマースのハニーエ首相は、「これで分裂は解消された」と和解を宣言した。それから内閣統一までの期間は、いわば政治的決定が下された後のテクニカルな調整期間だったともいえる。

 

こうした選択は、統一交渉について何も知らされていなかったケリー国務長官を激怒させた。ケリーは4月末の時点でもまだ和平交渉の復活に希望を捨てておらず、アメリカにパレスチナとイスラエルの双方の関係者を呼んで、財界人を交えた協議を予定していた。会合は結局開催されたものの、イスラエル側が和平交渉の中断を宣言したため、なんら成果を生むことはできなかった。イスラエルの諜報機関もこの急展開は予見しておらず、治安会議で釈明に追われることになった。イスラエルのネタニヤフ首相は統一発表を受けて「ハマースを選ぶ者は和平を望んでいない」と発言し、中東和平交渉とパレスチナの内閣統一は両立しないとの認識を再確認している。

 


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