シロクマの屑籠 このページをアンテナに追加 RSSフィード Twitter

2014-06-19

モチベーションの情報戦

 

 最近は、”努力の目利き”に敏感な人が増えた。

 

 無思考な努力、あてのない努力は否定され、よく練られた努力や実利のありそうな努力が望まれるようになった。度が過ぎればデメリットが目立つけれど、さしあたって”努力の目利き”を意識するのは良いことだと思う。

 

 それなら”承認欲求の目利き”はどうだろう?

 

 たいていの人間は、褒められると嬉しくなる。モチベーションだって沸いてくるだろう。一般に、そうした体験は嬉しいものとみなされやすい。

 

 でも、だからこそ、承認欲求の目利きを誤ると、どんな目に遭うかわかったものじゃない。承認欲求がモチベーション源になっているということは、その承認欲求を上手にくすぐられ、おだてられれば、他人に行動や努力の方向性をコントロールされてしまう、ということでもある。ほだされて良い気分になっているうちに、悪事の片棒を担わされたり、リソースを吸い上げられたりしてはたまらない。

 

 昔から、“よく心得ている人”は影響を与えたい相手を褒めたりおだてたりして、望ましい方向にコントロールしてきた。水商売領域の人達などは典型例だし、近頃は、オンラインゲームアプリがユーザーにコントロールを仕掛けてくることも多い。「ソーシャルゲームのタイムスケジュールやイベントに合わせて生活する」なんてのは、本人自身は効率的な努力だと思っているかもしれないけれど、その思い込みも含めて、モチベーションと行動をすっかり制御されていると言える。

 

 そこまでいかなくても、ほんの数%程度、動機を後押しするようなモチベーション操作なら世間一般に溢れている。わざわざ言語化されないのは、それらがあまりに当たり前すぎるからだが、当たり前だからといって軽視して良いわけではない。それこそ、「ポイント十倍」「アンケートに答えてプレゼント」「期間限定」といったささやかなモチベーションハックは世に溢れていて、そういう塵のような被影響性も、積もり積もれば請求書の山になる。

 

 現代社会では、個人の自己決定が何より尊重されている。その自己決定を左右するモチベーションに働きかけ、ハッキングをかけるテクニックはとても重宝する技法になっている。と同時に、自分自身にも承認欲求(やその他の心理的欲求)がある事を前提に、モチベーションハックに備える”防御の技法”も同じぐらい重要だ。いちいちモチベーションを操作されていてはきりがないし、何も為し得ない。

 

 

モチベーションの情報戦、生き残るためには

 

 このように、モチベーションの領域はあたかも戦場のようだ。褒められたい・認められたい・手厚く取り扱って貰いたい……そういう、承認欲求をくすぐって他人をハックしたい側と、それを見抜こうとする側がせめぎあう最前線。世の中には、他人の承認欲求や所属欲求を鋭く見抜き、たちまち手懐けてしまうような怪人物も潜んでいるので、ただ承認欲求や所属欲求を充たされてニコニコしていればOK、というわけにはいかない。

 

 では、どうやってモチベーションの情報戦を生き残れるか。

 

 人間同士の情報戦に「絶対大丈夫な方法」は存在しない。ある方法が「定石」になれば、次の瞬間には定石破りの方法が編み出されてしまう。だから、記述された「この方法さえ守っていれば大丈夫」は、語られた瞬間から陳腐化せざるを得ない。そうでなくても、モチベーションをハックしようとしている人間は、相手の出方や性質を見計らい、オーダーメードに勝負を仕掛けてくるので、いつだって対策は難しい。

 

 それでも、ある程度の身構えというか、欲求を充たしてくれる側の動機や思惑をつねに考える癖をつけておけば、思い通りに転がされることが少なくなるか、思い通りに転がされたとしてもwin-win な関係をつくりやすくはなる。つまり、

 

 「どうして、この人は私を認めてくれるのか」

 「どうして、私の承認欲求を充たしてくれるのか」

 

 これらの疑問を絶対に手放さないことだ。

 

 なお、断っておくが「どうして、この人は私を認めてくれるのか」を推測することと「認めてくれる動機が判明したら拒絶する」ことはイコールではない。相手の動機を推し測ったうえで、自分自身にとって利があるなら受け入れ、利が薄ければ身を任せない……そういう判断をしなさいよということで、相手に動機を見出したら片っ端から拒絶するのも、それはそれで硬直し過ぎている。そして、そういう硬直を狙ってくるスペシャリストみたいな人間もいるので、「私のモチベーションハック対策はこんな感じです」とおおっぴらに、わかりやすく示すのは巧くないと思う。そのパターンを読まれて、つけこまれる。

 

 そして一番大切なことは「自分がどんな事に動機付けられやすいのかを知る」ことだと思う。「自分のモチベーションの鍵と鍵穴を把握する」と言い換えてもいいかもしれない。

 

 自分はどんな欲求を持っているのか?

 親しい相手に期待したがるものは何なのか?

 何にコンプレックスを感じているのか?

 

 これらは自分自身ではなかなか気付きにくく、見たくないものから目を逸らすのが習慣になっている人の場合は、特に無自覚なことも多い。ところが、自分自身が意識できない欲求やコンプレックスほど、案外他人には透けて見えるものなので、そのような人は、モチベーションをハックする格好の標的になってしまう。簡単に覗かれ、簡単に操られてしまうだろう。

 

 だから、自分自身の欲求・コンプレックス・充たされない渇望を知っておくことは、現代処世術としてきわめて重要だ。もちろん、そういう欲求やコンプレックスや渇望を知っていたからといって、ハックされない保証は無いけれども、ハックに抵抗しやすくはなるだろうし、失敗を教訓として学ぶためには、問題点やセキュリティホールの把握が最初の一歩になる。

 

 ついでに言うと、自分自身が欲しがっているものをきちんと知っておいたほうが、欲求を曖昧にしたまま生きるより、望んだ方向に人生を傾けやすいとも思う。自分自身の欲求やコンプレックスに無知な人間が、意識的に人生の舵取りをやってのけられるとは、あまり思えない。ブラックボックス同然なモチベーションに流され、他人のモチベーションハックに操られ、わけのわからない境地に流されてしまうのではないだろうか。

 

 

まとめ

 

 長くなってしまったので、まとめは三行で。

 

・モチベーションは情報戦だ。承認欲求の目利きを怠らないこと

・欲求を充たしてくれそうな他人の動機や思惑を推し測ること

・自分自身の欲求、コンプレックス、渇望を知っておくこと

 

 分かっている人には当たり前な事かもしれないが、分かっていない人も意外とたくさんいるし、実践できている人はさらに少ない。“他人を知り、自分を知れば、百戦危うからず”とは言わないにしても、少しは世渡りしやすくなるだろう。

 

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