福島での大事故の後、国は原発から30キロ圏内の地域に、万一の事態に備えて防災計画を立てるよう求めている。では30キロ圏外の地域は安全なのか。

 とてもそうは言えない。原発の周辺自治体が試算した放射性物質拡散予測で、その現実が次々と浮き彫りになっている。

 例えば兵庫県は、関西電力が早期の再稼働をめざす福井県の大飯、高浜の両原発から最短でも40キロ離れている。

 両原発で福島級の事故が起きたと想定し、過去の気象データを基に甲状腺の被曝(ひばく)線量を調べた。すると、150キロ離れた淡路島でも「安定ヨウ素剤の服用が必要」とする国際基準(7日間で50ミリシーベルト)を超える場合があるとわかった。神戸市や尼崎、西宮市などの阪神間でも、風向きによって基準値を大きく上回る可能性が浮かんだ。

 滋賀県の試算でも、大飯原発で福島級の事故が起きると、最悪の場合、40キロ以上離れた琵琶湖上空まで基準を超える放射性物質が届くという結果が出た。基準超えの地域は京都、大阪府にも広がっていた。

 なぜこんなことになるのか。

■甲状腺がんのリスク

 原発が大事故を起こすと、大気中に飛び出した放射性物質が広がり、地表も汚染する。福島級の事故の場合、避難や除染を必要とする国際基準(7日間の全身被曝で100ミリシーベルト)を超える地域は、原発からおおむね30キロ圏内とされた。

 だが放射性物質の集まり「プルーム」は、風任せでさらに外へと流れていく。大気中の放射性ヨウ素が十分に薄まっていないエリアでは、のど元の甲状腺が被曝して、小さな子どもが甲状腺がんになる確率が高くなる。プルームの拡散状況を素早く把握する体制を整え、的確なタイミングで安定ヨウ素剤を飲んでもらう備えが欠かせない。

 さらに考慮せねばならないのは、プルームの通過と降雨が重なれば、セシウムなど長期の影響をもたらす放射性物質が地上に集中的に落ちて、土地を汚染してしまうことだ。そうなれば一時的な対策ではすまない。

 福島第一原発から約40キロ離れた福島県飯舘村では、プルームが飯舘村の上空に達したとき雨が降った。原発マネーとは縁遠く、地産地消や心の豊かさを目指す村づくりを進めていた。だが事故のせいで、今も全域が避難区域に指定されている。

 関西広域連合は自治体の独自調査の結果をふまえ、30キロ圏外対策の具体的な指針を出すよう国に求めた。備えがなくては避難指示がいかに混乱するかは、明るみに出た「福山調書」でもはっきりした。国も必要性を認め、原子力規制委員会が範囲の設定などを検討すると、原子力災害対策指針に記している。

 だが規制委では今も本格的な検討はされておらず、再稼働に向けて、原発の施設内の審査が着々と進む。

■当たり前の主張

 もちろん規制をいくら強めても「絶対に安全」はない。原発を動かすなら、事故で被害を受ける地域を把握し、具体的な危険と対策を示して住民の了解を得ることが最低限必要である。

 だが国の覚悟は疑わしい。被害を受けるのは立地自治体だけではないのに、エネルギー基本計画には、再稼働の際は「立地自治体等関係者の理解と協力を得るよう取り組む」と記した。財政や雇用を原発に頼る自治体の弱みを見越して再稼働をスルリと進めたい思惑が見える。

 滋賀県の嘉田由紀子知事は福島での事故後、「被害地元」という考え方を示した。原発を動かすかどうかは、事故の被害を受ける全ての自治体が地元としてかかわれるようにしてほしいと求めている。当然の主張だ。だが現実は、立地自治体以外はほとんど口出しできない状況が続いている。

 隣の青森県にある大間原発の建設差し止めを求めて提訴した北海道函館市の工藤寿樹市長は、このままではまた「安全神話」になってしまうと警鐘を鳴らす。「理解を得るための手間ひまを惜しんだらおしまいだ」

 日本人の命を守る――。集団的自衛権の行使をめぐる記者会見で、安倍首相は繰り返した。それならば、原発事故の被害地元とも向き合わねばならない。再稼働の議論はそこからだ。