「四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」 文芸学部 歌一洋教授インタビュー

 近畿大学文芸学部の歌一洋教授が、地元の人たちと力を合わせて四国の遍路道に休憩小屋を作る「四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」。3月11日から香川県の善通寺で開催される展覧会を前に、歌先生にお話を聞きました。

― プロジェクトを立ち上げたきっかけを教えてください。

UtaIchiyo.JPG私は徳島県出身なので、実家には歩きお遍路さんがよく来ていました。「お接待」といって、家の前で拝んでくれたお遍路さんにはお米を差し上げます。あるいは果物やお金の場合もあります。いつも親がそうするのを見て、私も小さい頃から真似をしていました。それが自分の原風景になっています。
 18歳で四国を出て、20代後半で設計事務所を始めました。あるとき、「お遍路さんの休憩所があったらいいのに」という声を聞いたのです。昔は、お遍路さんは民家の軒下で休んだり泊まったりさせてもらえたのですが、こういうご時世ですから今はそうもいきません。
 私は故郷を離れて遍路文化の素晴らしさを改めて感じていましたし、またお遍路さんと関係の深い空海、四国では「お大師さん」ですが、彼に対しての強い興味もありました。そこで、設計という自分の仕事を活かして、ボランティアでお遍路さんのための休憩所を作ろうと思い立ちました。
 2001年に「四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」を始めるにあたって、昔の暗いイメージの「遍路」ではなく、前向きで哲学的な現代のお遍路さんを表すため、カタカナの「ヘンロ」を用いることにしました。今では、四国4県の知事を顧問とする「プロジェクトを支援する会」もつくってくださり、400人近くの会員に支えていただいています。その他にも寄付や工事で協力してくださった方を含め、このプロジェクトに関わった人はすでに1万人を超えています。

― 遍路文化の素晴らしさとは、どういうところでしょうか?

  仕事を通して30以上の国に行きましたが、いろいろな国の文化を見るうちに、お遍路さんというのが非常に貴重なものだということに気づきました。
 それには2点あって、まず一つは「循環」という形です。お遍路さんは四国八十八ヶ所をどこからでも何回でも、好きなように廻ることができます。スペインに「サンティアゴの道」という有名な巡礼路がありますが、目的地へまっすぐに行って到着すれば終わりです。お遍路さんのようにずっと循環する形は世界でも珍しいものです。
 もう一つは「お接待」という遍路文化です。お遍路さんは巡礼の途中に地元の人からお金や食べ物をいただき、極端に言えばお金がなくても八十八ヶ所を廻ることができます。初めてお遍路に行って通りすがりの人に500円をもらったら戸惑うと思いますが、歩くうちにだんだん慣れてきます。それは四国の人が見返りなど一切期待せず、とても自然な気持ちでお接待をしてくれるからです。物質的なことだけではありません。大人も子どももお遍路さんを見ると「頑張りや」「気をつけて」と温かい声をかけてくれます。お遍路さんは地元の人たちと触れ合いながら、彼らに助けられて歩くのです。この「お接待」に見られるおもてなしの心は、世界中を見ても貴重なものです。こういう殺伐とした時代ですので、特にその大切さを感じます。

 ― ヘンロ小屋を設計するうえで、気をつけていることはありますか?

henro12.jpg  設計にはいろいろと考慮すべき要素があって、建てる土地の地域性もあるし、資金のこともあります。ヘンロ小屋の場合も、その地域の文化や産業を細かく調べて、それぞれの土地に合った設計にしています。だから、当然一つ一つデザインが異なります。お遍路さんのなかには、「一つずつ違うから小屋を巡るだけでも楽しい」と言ってくれる人もいます。
 私が設計の際に大事にしているのは、お遍路さんが小屋で休んだときに、少しでも元気になれるような空間を作るということです。ベンチはコミュニケーションをとりやすいようにL字型にして、寝袋を持っていたら眠れるように座面を広くしています。また、小屋が国道に面していたら、道路側を高い背もたれにして美しい景色に向かって座れるように気を配ります。冬でも歩いたら暑くなりますから、風通しのよさも重要です。小さな小屋ですが、設計のすべてに意味があります。

―完成したヘンロ小屋の中で印象に残るものはありますか?

  「31号 そえみみず 酔芙蓉」は印象に残っています。これは、がんで亡くなったある女性の遺族が費用を寄付してくださいました。その女性は生前お遍路さんをしたときに、このそえみみず(添蚯蚓)という土地で体調を崩して助けられたそうです。その思い出を何度も聞かされていた遺族が、お礼にと寄付をしてくださいました。「酔芙蓉」という名は、その女性がお酒を飲むといつも頬をピンクに染めていたというエピソードからきています。
 デザインが好評なのは「12号 眉山」です。阿波踊りの笠をイメージしたもので、阿波踊り会館の目の前にあり観光名所になっています。小屋が二つ並んでいるのは「同行二人」を表しており、一人で歩いていてもお大師さん(空海)が一緒に歩いてくれる、導いてくれるという意味があります。
 「39号 NASA」は、うなぎのイメージで設計しました。これを建てた地域には1メートルを超える天然記念物の大うなぎが生息しているのです。小屋の中にあるベンチも、うなぎの形に曲がっています。「那佐」という地名なのですが、宇宙のイメージとかけてローマ字で「NASA」にしました。
 他にも、ホエールウォッチングができるのでくじらをイメージした「22号 大方」、NHK連続テレビ小説「ウェルかめ」の舞台に建てた「40号 日和佐 かめ遍路」など、一つ一つの建物にそれぞれストーリーがあります。

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―今後の計画を教えてください。


 今年1月に「43号 しんきん庵・秋桜」が完成しました。他に設計が終わって着工を待つ小屋が3、4個あります。次は香川県に土地が見つかったので、地域の調査をして設計を始めるところです。
 89号まで残り約半分、メディアでもよく取り上げてくれるので最初の頃よりは完成するペースも速くなってきています。けれど、ヘンロ小屋は地元の人が作るので、まずは人を集めて体制を整えることから始めなければなりません。寄付金も必要ですから、なかなか簡単には進まないのです。
 私は、ヘンロ小屋は地元の人が作らないと意味がないと思っています。他の土地から企業が来て1億円寄付してくれたら、89個の小屋なんてあっという間にできてしまうでしょう。でも、それではだめなのです。地元の人たちが力を合わせてヘンロ小屋を作り、完成後もみんなで小屋守をして、そこで地元の人たちとお遍路さんが触れ合うということが大事なのです。大切なのは人と人との触れ合い、支え合いであり、ヘンロ小屋はその手段に過ぎません。
 そして、小屋という目に見えるものがあったほうが、遍路文化を後世に伝えやすいという思いもあります。ヘンロ小屋は今後何十年もその地に残るでしょう。そこで地元の人とお遍路さん、あるいはお遍路さん同士が会話をしていたら、それが子どもたちの目に触れるはずです。小屋作りには子どもたちにも参加してもらっていますが、おもてなしの心を子どもたちに引き継いで欲しいという気持ちでこのプロジェクトを進めています。お接待がずっと続いていくというのは、とても価値のあることだから。これからの日本にこそ、遍路文化が必要なのではないでしょうか。


【 歌一洋 「四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」展 】
日程 : 2012年3月11日(日)〜17日(土)
時間 : 9:00〜17:00 ※最終日は15:00まで
会場 : 総本山善通寺境内 (香川県善通寺市)
料金 : 入場無料


【 遍路文化シンポジウム 】
日程 : 2012年3月11日(日)
時間 : 講演13:20〜  パネルディスカッション14:30〜
会場 : 総本山善通寺遍照閣 (香川県善通寺市)

「四国八十八ヶ所ヘンロ小屋プロジェクト」を支援する会