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特集

日本映画監督協会 会員名鑑

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2006年度新人賞選評&対象作

【2006年度 日本映画監督協会新人賞・選評】

2006年度新人賞選考委員
大林宣彦(委員長) 石川 均 北川篤也 長谷部安春 藤原智子 女池 充   


●考えたこと  大林宣彦

 『かもめ食堂』女が女を演出する。女が女に身を委ねる。男には出来ない演出の技。それで以て強かに映画を作り上げた。女流監督の年に相応しい荻上直子さんの成果。オシャレな感覚で自らを解放した彼女の次回作は怖い。
 『ヨコハマメリー』劇映画の監督の目から見て、まことに刺激的で面白かった。この先にある可能性を極めてみたい。新しい虚実の展開。
 『時をかける少女』こう来たか、なるほど、と目を瞬いているうちに乗せられた。アニメの技術を熟知した上での監督の技に感服。
 『虹の女神』『幸福のスイッチ』『ハリヨの夏』は大好きだが、何方の話題にも登らず残念。
 『酒井家のしあわせ』『タイヨウのうた』は即戦力の良い個性。只破綻が無さ過ぎると、こういう場所では損をするなあ。
 『アオグラ』『寝ずの番』『木更津キャッツアイ』は夫夫に凄いが最早新人賞じゃないって感じに。
 『フラガール』は何故か話題に登らず、『ゆれる』も力は抜群にあるが、作品が西川美和さんに力負けしているというのが監督同士の感想。他者の脚本による西川監督作品を見たいという話になった。この賞とは関係なく大成されるだろう。
 『かぞくのひけつ』そんなこんなの喧喧諤諤の末、この作品が残った。つまりはぼくたちはこの作品を積極的に選んだということだ。否作品じゃないな。小林聖太郎さんをだ。見事な監督の技の持ち主として、しかも第一回監督作品。お目出度うございます。尚銓衡委員諸氏の映画愛と若き仲間たちへの畏敬の念のありように、深く心打たれました。


●新人賞  石川均

 自分の店(不動産屋)に帰ると愛人と妻が仲良く話している。「ぎょっ」となり店内を一往復して出る。その誰にも見せない男の惑いの顔を「かぞくのひけつ」で知ることが出来た。また同じカット内、ガラス張りの店の通りの向こうのオバサンの動きが無関係で素晴らしい。世界で最も恥ずかしい焦りの瞬間を味わう男の主観と、それでも絶えず過ぎゆくとぼけた日常の客観を同時に見せられた。この監督の視点は凄いと私が今惑い焦る。


●小林聖太郎さん、おめでとうございます。  北川篤也

 毎年、会報に掲載される選考会の報告を見るたびに想像していた事は、新たな発見が出来るという楽しみと同時に、"選ぶ"と言う事の大変さだ。
 大変だという事は解っていたつもりだが、ひとつひとつの作品をこれほど大事に見ていかなければならないという、責任まで背負う事になろうとは。
 近年、通常は選考委員が手分けして、複数の作品を見ていく中で候補作品を絞っていく事になるそうだが、今年は結局絞りきれずに候補作品をほとんど見る事になった。これが楽しいけれど、しんどい。しんどいけれど、楽しい。
 石川さんや女池さんのおかげで、不勉強な私にも新たな出会いができて、感謝している。大林委員長は、絶妙なバランスで選考会を進めていくが、時に鋭い視点から、作品の"肌触り"とでも言うような感覚で監督の資質について言及していく。藤原さんはドキュメンタリストの感覚で、思いもよらぬ角度から、ボールを投げ込んでくる。長谷部さんは候補作すべてを見たのではないか? とにかく、長谷部さんの候補作に対する真摯な姿は感動した。某作品に関してはDVDオーディオ・コメンタリーも含め3回もご覧になったという。
 新人賞に選ばれた小林聖太郎さんの「かぞくのひけつ」は、候補作を見ていく最後の方に拝見した。私は、チョット、ジェラシーを感じつつも、直ぐに小林さんに贈呈したいと思った。
 新人とはどこまでが新人なのか。よく議論されるところだが、今年はそれほど、議論しなかった。とにかく見てから、残った作品について議論していく事になった。
 しかし、私の中ではガイドラインとしてのデビュー三本以内であるとかも、心の中にあるけれども、やはり新人賞はその個人の出自も気になる。
 小林さんは助監督経験も豊富だ。純粋に表現に対する、これからの期待感も込めて新人賞を贈る事も大切なことだと思うが、映画作りを現場で学んできた方に今年度は差し上げたいと思ったのだ。
 勿論、作品自体も人物描写、芝居を見る視点に優れ、映画監督としての豊かな資質を感じる。決して、単に助監督経験者だから選んだ訳ではない。
 改めて、小林さん、おめでとうございます。

          
●新人賞について  長谷部安春

 特に傑出する者がなかったなかで、映画的な面白さがもっとも感じられた「かぞくのひけつ」小林聖太郎を推しました。
粒よりというか、どんぐりのナントカというか、甲乙つけがたいものも数多くあって、順不同に挙げると、「ピーナッツ」内村光良、「9/10」東條政利、「寝ずの番」マキノ雅彦、「時をかける少女」細田守など、今後に期待します。
 しかし、全般に低調だったのは残念です。


●新人賞の選考を終えて  藤原智子

 今年の作品に限らないのかもしれないが、概してテーマが小粒という嫌いはあるにしても、それなりのレベルの作品が揃っていたという印象を受けた。それに、私自身があまり日本映画を見ないせいもあるが、どれも新鮮に感じられ若い人たちの感性や考え方に触発されたことなど、自分にとってのメリットが大きかった。更に驚いたのは1、2年前までほんの一握りだった女性監督の進出のめざましさである。何と今回選考対象として推薦されてきた36本のうち、10本が女性監督作品で、しかも最終選考に残ったものもあるということは瞠目に値する。小説の分野から考えると当然なのかもしれないが。


●結婚しない女  女池充

 今回、監督協会の新人賞を選考させていただくにあたって、ボクの頭を一番悩ませたのは『かもめ食堂』でした。実を言うと、以前監督の荻上さんがコメントしている映像をたまたま見たことがあったのですが、その時の印象がとても悪くて、どんなに話題になってもボクはこの人の映画は見たくないと思っていたのでした。なので、こういう巡り合わせを得て映画を拝見できることになったのは、ちょっと楽しみではありました。唸ってしまったら、正直に候補として推そう、と。でも、ボクは刺激を感じませんでした。
 最終選考で『かもめ食堂』を推す声もありました。女性が監督することを活かし、男性では撮れないだろう女性の美しさを引き出したと。でも、ボクはそのことは取り立てることのほどではないと思っていました。だって監督、女性なんだもん。でも、大林さんから『結婚しない女』だとかのアメリカンニューシネマを意識してたんじゃないか、今までの日本映画の感性からは離れた作品だって意見が出て、ゾッとしました。ボクは自分の無知と怠惰を棚上げにしてただけなのかもしれないって。でも時すでに遅し。『結婚しない女』を見て確かめる時間はもうありませんでした。
 そこでボクは、刺激を与えてくれ、且つ今の時代への不屈さを感じさせてくれた『かぞくのひけつ』と『時をかける少女』、特に『かぞくのひけつ』を推しました。
 ボクはピンク映画を数本監督したことがあるだけです。別に卑屈になっている訳ではありません。でも、そんな自分が他の選考委員の皆さんと同列になって候補作を選ぶには、自分の中で無理があります。だからボクは、錚々たる顔ぶれの監督さんたちが受賞されてきたこの賞を、誰に背負い込ませてやりたいかと考えました。ある日突然、大島渚、羽仁進、浦山桐郎...こんな人たちと名前を並べられてしまう訳です。そんな、ある重さを背負いながら映画を撮ることができる喜びを誰に押し付けたいのかと考えて、ボクは『かぞくのひけつ』を撮った小林さんを推そうと思った次第です。
 さて、この原稿を書くにあたって『結婚しない女』を見てみました。女性の生き方をジェンダーに捉われない視点から描いていて、大林さんが仰ったことの意味に気づかされる思いだったのですが、自分の判断を後悔するまでには至らなかったので、ホッとしました。
 今回は貴重、且つとても楽しい体験をさせていただきました。
 ありがとうございました。

【2006年度 日本映画監督協会新人賞候補対象作】
アベユーイチ    『テニスの王子様』
井口昇       『猫目小僧』
井口昇       『おいら女蛮』
井口昇       『卍』 
池谷薫       『蟻の兵隊』
内村光良      『ピーナッツ』
呉美保       『酒井家のしあわせ』
大崎章       『キャッチボール屋』
岡下慶仁      『108』
荻上直子      『かもめ食堂』
小田大河      『太陽』
加藤治代      『チーズとうじ虫』
金子文紀      『木更津キャッツアイ~ワールド・シリーズ』
金田敬       『青いうた~のど自慢青春篇』
熊澤尚人      『虹の女神』
小泉徳宏      『タイヨウのうた』
小林要       『アオグラ』
小林聖太郎     『かぞくのひけつ』
末永賢       『ナイチンゲーロ』
太一        『エコエコアザラク R-Page/B-Page』
唯野未歩子     『三年身籠る』
東條政利      『9/10』
冨永昌敬      『パビリオン山椒魚』
富永まい      『ウール100%』
中村高寛      『ヨコハマメリー』
中村真夕      『ハリヨの夏』
西川美和      『ゆれる』
塙幸成       『初恋』
日向朝子      『Presents 合い鍵』
舩橋淳       『Big River』
古澤健       『オトシモノ』
細田守       『時をかける少女』
マイケル・アリアス 『鉄コン筋クリート』
マキノ雅彦     『寝ずの番』
松島哲也      『ゴーヤーちゃんぷるー』
矢崎仁司      『ストロベリーショートケークス』
宮本理江子     『チェケラッチョ!!』
安田真奈      『幸福のスイッチ』
山本草介      『もんしぇん』
山本起也      『ツヒノスミカ』
李相日       『フラガール』
李相國       『因幡の白うさぎ』