報われない努力はある、執着を捨てれば楽になる...禅僧が教える「人生に効く薬」
『寂しさや不安を癒す 人生のくすり箱』(枡野俊明著、KADOKAWA/中経出版)の著者は、曹洞宗徳雄山建功寺住職、庭園デザイナー、多摩美術大学環境デザイン学科教授と幅広く活躍する人物。2006年の『ニューズウィーク日本版』では、「世界が尊敬する日本人100人」にも選ばれました。本書は、そんな著者が「寂しさ」や「不安」との上手なつきあい方を紹介した書籍。
不安や寂しさと戦いながら私たちは生きている。時には真正面から向き合い、時には目をそらしながら。不安を払拭するために闘いを挑むこともある。とても耐え切れずにそこから逃げ出すこともある。寂しさを紛らわせるために、不本意な行動に出ることもあるでしょう。そういった行動のすべては、けっして間違いではないと私は思います。(中略)不安や寂しさに効くくすり。そんなものがあるかどうかは分かりません。たとえそんなくすりがあったとしても、その処方箋は人によっても違ってくるでしょう。あれこれと、いろんな心のくすりを試しながら生きている。人生とはそういうことだと思います。(「はじめに」より)
きょうは第3章「執着する心を捨てる」から、いくつかの要点を引き出してみます。
執着は時に悲劇を生み出す
「夢は必ず叶う」「努力をすれば叶わない夢などない」と言われることがありますが、人生とはそういうものではなく、「叶わない夢」「手の届かない夢」はたしかにあると著者は断言しています。
そして夢を叶えることができなかったとき、人は二つに分かれていくのだとか。ひとつは、きっぱりとその夢を諦め、次の人生へと歩き出す人。もうひとつは、叶うことのない夢にしがみつき、いつまでもそれに執着してしまう人。しかし「0%の可能性にしがみつき、次なる道に一歩を踏み出そうとしない」後者は悲劇だというのが著者の考え方。
人生の道は決して一本道ではなく、いくつにも分かれている。そして人は、常にどの道を行くかを選択しながら生きている。なのに一本の道しか見ずに、行き止まりであることがわかっている道を歩くことは、人生を台なしにする可能性もあることを知るべきだといいます。
一度歩きはじめた道なら、一生懸命に進む努力をすることも重要。ただし、その道が行き止まりであることを知ったら、他の道を探すことも大事。たったひとつの生き方に執着するのではなく、常に他の道もあることを意識しながら生きていくことも必要だというわけです。
禅には「柔軟心を持ちなさい」という教えがあるのだとか。執着心やこだわりを捨て、自由自在な心を持つこと。執着心や偏見から逃れ、凝り固まった自我を解き放てば、人間は生きやすくなるといいます。(88ページより)
「できないもの探し」はやめよう
年齢を重ねるごとに、できないことがどんどん増えてくるもの。しかし、自分で勝手に「できないこと」ばかりを探し、やってもいないうちからできないと決めつけることも、また執着だと著者は考えているそうです。
「できないもの探し」が始まると、途端に心は不安に包まれてしまう。すると結果的に、負のスパイラルに陥ってしまう。それを避けるために大切なのは、「できるか、できないか」ではなく、「やりたいか、やりたくないか」という発想でものごとを考えること。もちろんそれは年齢に関係なく、若い人も同じ。
自分がやりたいと思っているなら、とにかく始め、懸命に努力してみる。もしもそれが成就しなくても、努力の道のりには多くの宝物が落ちているもの。だからこそ結果ばかりを考えることなく、本心からやりたいことを始めてみることが大切だということ。(95ページより)
年齢が解決してくれる不安もある
不安や寂しさは、歳を重ねるごとに増えてくるのだと考えがち。しかし、できないことが増えることと不安が増えることは、イコールではないと著者は指摘しています。人間が生み出している不安や悩みは、本質的には年齢と無関係。表に現れる悩みは違っていても、悩む心に違いはなく、多少の差はあったとしても、不安の中身は同じだということ。
寂しさもそうで、人間とは孤独な存在であることを本能的に知っているからこそ、誰かとつながっていたいという欲求が生まれてくるのだといいます。
そして、人間を不安や寂しさから救ってくれるものは、個々人が培ってきた人生の知恵だけ。人生経験をたくさん積むことで、人は不安や寂しさに対する耐性を自然と身につけていくもの。その力を信じることが大切だというわけです。
さらに忘れるべきでないのは、「歳が解決してくれる悩み」というものが必ずあるということ。いまは解決できなくても、年齢を重ねていくなかできっと解決することができる。あるいは歳をとってみると、なんと小さなことで悩んでいたのかと気づく。いつっしか、知らないうちに不安が消滅してしまっている。実は人生における不安の半分以上は、歳をとれば消えていく不安なのだとか。
だとすれば、いまはあえて悩まずに、未来の自分に先送りする。将来への不安を抱えているのなら、知恵を重ねる努力をする。その努力とは、いまを一生懸命に生きることに尽きるということです。(99ページより)
ひとつひとつの考え方はとても柔軟で、ことばも穏やか。そんなこともあり、本書を読んでいると、心がすっと軽くなるような気がします。刺激の強い特効薬ではなく、じわじわと心に染み込むくすりのような印象を受けました。
(印南敦史)
- 寂しさや不安を癒す 人生のくすり箱 (中経出版)
- 枡野 俊明|KADOKAWA / 中経出版