小林恵士
2014年6月16日10時24分
人生で初めて催涙弾を経験しました。だいぶ日にちが経ってしまいましたが、幸運にも開幕戦直前のデモ現場を取材できたので、その様子をお伝えします。
僕は長くブラジルを取材してきたわけではないので、背景の詳しい分析や過去のデモとの比較、意味づけなどはできません。その辺りは、上記リンクから朝日新聞の特派員の記事をお読み下さい。あくまで、デモ内部がどんな様子だったか、ということをお読みいただければ。
■警官隊側から発砲
12日午前10時、サンパウロ市内の地下鉄カハン駅そばに、デモ隊が集まり始めました。人数は数十人。W杯開幕日ということもあり、世界各国のメディアがざっと100人以上はいるようで、メディアの方が多い感じです。日本でもよくある光景ですね。そこまで緊迫した感じはありません。
開幕戦のスタジアムへと続く幹線道路があり、デモ隊は「スタジアムまで行進する」と宣言していました。まず、太鼓や歌で抗議活動開始。警官隊は、幹線道路へ出さないよう、道路をふさぐ形です。
いきなり、盾を持って横一列になった警官隊が、デモ隊を幹線道路から遠ざける方向に前進を始めました。逃げるデモ隊。急いで横をついていくと、警官が銃を構え、いきなり発射。地元記者によると、多めの火薬が入っていて大きな音だけ鳴るものや、ゴム弾、催涙弾などが使われるようです。「ドーン」と大きな音がします。実弾ではないとわかっていても、体が勝手に「ビクッ」となります。
上半身裸の若い男が1人、警官隊の前に立ちました。僕は別の方向に目を向けてしまったので、ここから先は同僚の田村剛記者の目撃談です。警官の1人が、その男に向けて銃を構え、一発発射。ゴム弾が胸の辺りに命中しました。男はニヤリと笑い、警官はもう一発、発射。命中しましたが、逃げずにウロウロしていました。
警官隊はその後、何度も前進と後退を繰り返し、当初集合していたデモ隊は散り散りになりました。実弾ではないとわかっていても、誰かが人に銃を向ける光景は嫌なものです。一方、デモ隊側にも、メディアがたくさんいるところでパフォーマンスをすれば主張が伝わる、という思惑があるようにも見えます。
■「帰ったら試合は見る」
いったん、落ち着いたように見えた現場ですが、各国のメディアがぞろぞろと別の方向に移動していきます。記者の習性で、「あっちでなんかあんのか」と田村記者と2人でついて行きます。
1キロほど離れた場所でも、多くの人が歌や横断幕で抗議活動をしていました。こちらは1千人以上いるように見えますが、移動する気配はなし。歌や演説で主張を繰り返すだけで、ある意味「平和的」なデモに見えました。
スペイン語が話せる田村記者(ブラジルの公用語はポルトガル語ですが、似ているスペイン語もけっこう通じる)が話を聞いたマリアナさん(20)。
「教育や医療とか力を入れるべきだ。サッカーそのものに反対しているわけじゃない。プロセスに反対している。きょうの試合?帰って見るわ」
ほかにも何人か、同僚記者の横から話を聞きましたが、ほぼ同じ主張。一部、「サッカーなんて見ない」という硬派もいましたが、「帰ったらブラジルの試合は見る」が多数派でした。
■「これヤバい」直後に催涙弾
ウロウロしていると、顔を黒い布で覆ったデモ参加者の一団が出てきました。よく見ると、交差点の真ん中でゴミを集めて火をつけようとしています。さらに、ゴミ箱のようなものに、けっこう大きめの石をため込んでいます。
「あ、これヤバいやつですよ」。田村記者が言い、後退しようとしたその時、「シュー」という音とともに、白煙を上げながら親指二つ分くらいの円筒形のものが近くに飛んできました。
実弾じゃないのは頭でわかっていましたが、やはり「おわっ!」となり、ダッシュで逃げました。白煙が立ちこめ、目が痛くて開けていられない。催涙弾用のマスクは持ってきていたのですが、すぐに部品の一部をなくしてしまい、首に巻いていたタオルで口を覆いました。後から考えると「デモ隊と見た目一緒になってんじゃねえか……」なんですが。
催涙弾は、なんでしょう、小学生の頃の避難訓練で、発煙筒のようなものをたいたと思いますが、あれを超強力にしたようなイメージです。鼻水と涙が止まりません。
周りをよく見ると、一緒にいたメディア陣の多くは警官隊側にいます。田村記者と僕が、平和的にデモをしている人たちに話を聞いている間に、警官隊と彼らの間に暴徒化した一部が入り込んできたため、僕らが「制圧される側」に入ってしまったようです。警官隊側にいた同僚の方には、暴徒化したデモ隊が投げる石が飛んできて、それはそれで危なかったようです。
■隣の駅ではお祭りムードも
その後、何度か催涙弾などが撃ち込まれ、警官隊がその場を制圧しました。けが人も出たようで、デモ参加者の女性が大きな声で泣いており、腕に包帯をぐるぐる巻かれて、仲間に肩を抱かれて連れていかれました。
地元記者によると、昨年6月にデモが始まった際は、警官隊と激しくやり合い、けが人もかなり多く出たようですが、ここしばらく、警官の方から仕掛けることはなかったということです。「それだけ、開幕日は抑え込みたかったということでしょう」とのこと。
大きな衝突は落ち着いたようなので、別の取材のため、隣の駅に向かうことにしました。デモ現場を少し離れると、ブラジルのユニホームや黄色の帽子、応援用の笛などを持った人がたくさん歩いています。そのギャップに、ちょっと気持ちがついていきません。
すると、前方から、先ほど腕を包帯で巻かれた女性とその仲間が、笑顔で歩いてきました。包帯、なくなってます。さすがに「あれ?さっきは…?」とも聞けず、そのまま見送りました。
地下鉄の駅内も、応援グッズに身を包んだ人があふれていました。そこへ、歌を歌いながら、デモ隊の一部が入ってきました。一気に緊迫する地下鉄職員や警備員。地下鉄利用客も、さぞかし迷惑そうにしているのかなと思いきや、けっこうたくさんの人が、拳を振り上げて一緒に歌い、同調していました。
「サッカーは好きだけど、政治には不満がある」
その気持ちの一端が、伝わってきました。(小林恵士)
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