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2014年6月16日 (月)

労基法違反はとっくに刑事事件である件について

特定社労士しのづかさんの  「労働問題の視点」に、こんなコメントが付いていましたが、

http://sr-partners.net/archives/51944058.html#comments

労働問題については、どうしても会社と労働者間の私人間の問題という意識が強く、特に労働基準法違反に当たらない労使紛争の部分については国(監督官)はノータッチの姿勢であります。また、対等な契約関係と言いながら、実体は昔ながらの主従関係、滅私奉公の関係が労使間を支配しており、純粋な法律問題のようにはいかないところに難しい点があるかと思います。

しかし、少なくとも労働基準法、労働安全衛生法、最低賃金法、労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準等に違反するいわゆる法違反の部分については、現在の労働基準監督官の権能を強化するべきであります。

 経済特区等での介護等に従事する外国人労働者を受け入れや、残業代ゼロ法案などの法規制の解放と引き換えに、違反者(企業役員、事業主)には単なる指導を飛び越えて、身柄拘束(逮捕)を実行すべきであります。
 つまり、労基法等を改正し、「労働基準監督官」から「労働警察官」、労基署の方面部門も「労働警察署」とし、地方公安委員会、警察署と連携して労働法違反事件は刑事事件と等しいものとの認識を世間一般に植えつけることが大事であると思います。
 経済界からは大きな反対意見が出るでしょうが、、我が国においては労働問題の抜本的解決は私人間の問題としているうちは無理ではないかと思います。

弁護士、社労士はじめ、労働法を知っている方にとっては当然のことですが、労働基準法はとっくに刑事法規であり、労働基準監督官は労基法違反の罪について司法警察官の職務を行う権限を有しています(労基102条)。もちろん滅多に使いませんが逮捕権源もあります。(ダンダリンでは使ってましたな)

労基法及びその附属法規に関する限り、労働基準監督官はまさに労働警察官なんですね。

だからこそ、

そう、だからこそ、労基法等の刑事法規違反ではない民事上の労使紛争に、労働警察官たる労働基準監督官が介入できないという理路になっているということが、なかなか理解されないのが悩ましいところです。

刑罰法規違反ではないのに、世の中的にけしからんからという理由で、警察官が民事に介入するわけにはいかないのとまったく同じことなのです。

「うちの亭主、給料を全然うちに入れずに、呑む打つ買うばかりで困ってます」と言われたからといって、警察官がその亭主を逮捕して給料を無理矢理女房に渡させるというわけにはいかないのと同じです。

不当に解雇されたとか、パワハラを受けたというのは、基本的に民事なので、労働基準監督官が司法警察官の職務を行うことはできないということがなかなか伝わらないわけです。

でも、これがこのブログのコメント欄だけの問題であれば、わざわざこうして論ずるまでもないかも知れません。

問題は、一国の政策立案の中枢で提示されているハイレベルの文書、日本の労働法政策の行く末を左右しかねないハイレベルの政策文書の中において、どうもこういう最も基本的な理路がきちんと理解されていないのではないかと思われるふしがあるからです。

労働基準法で明確に刑事罰が規定されている違法行為であるがゆえに、労働基準監督官はそれを摘発できるのであり、どんなに世の中的にけしからんことであっても、労働基準法上違法でないことを摘発することはできないという、労働法を論ずるのであればイロハのイとしてわきまえておかねばならないことが、どうもきちんと理解されないままに書かれているのはないかとおぼしきふしがあるからです。

先週末にWEB労政時報の「HRwatcher」に寄稿した「「働き過ぎ防止」を謳いながら、それができない仕組み 」では、そこのところを述べたのですが、さてどこまで伝わったことでしょうか。

http://www.rosei.jp/readers-taiken/hr/article.php?entry_no=228

 政府の産業競争力会議は、最近の4月22日と5月28日にいわゆる働き方改革に関して、長谷川閑史雇用・人材分科会長のペーパーを提示して議論をしています。予定では今月にも取りまとめを行うということですが、現時点ではあくまでも分科会長名で提出されたペーパーという位置づけです。
 
 4月22日に開かれたのは第4回経済財政諮問会議・産業競争力会議合同会議であり、ここに出された長谷川ペーパーは「個人と企業の成長のための新たな働き方~多様で柔軟性ある労働時間制度・透明性ある雇用関係の実現に向けて~」というA4で7枚の普通の文章です。これに対して、5月28日に開かれたのは第4回産業競争力会議課題別会合であり、ここに出された長谷川ペーパーは「個人と企業の持続的成長のための働き方改革」という表紙を入れて7枚のパワポ資料です。
※「個人と企業の成長のための新たな働き方」⇒公表資料(PDF)はこちら
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/skkkaigi/goudou/dai4/siryou2.pdf
※「個人と企業の持続的成長のための働き方改革」⇒公表資料(PDF)はこちら
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/kadaibetu/dai4/siryou5.pdf
 
 一方は普通の叙述文なのに、もう一方はパワポ資料なので、おのずから両者には精粗の差があります。とはいえ、書かれている内容にはかなりの違いが見られ、その精粗の差を補いながらペーパーの真意を読み解いていく必要があります。
 
 両ペーパーとも、冒頭に持ち出してきているのは「『働き過ぎ』防止の総合対策」「改革の大前提:『働き過ぎ防止』・『ブラック企業撲滅」」という、労働者保護の観点からすれば極めてまっとうなテーマです。4月ペーパーでは「まずは、長時間労働を強要するような企業が淘汰(とうた)されるよう、問題のある企業を峻別(しゅんべつ)して、労働基準監督署による監督指導を徹底する」と述べていますし、5月ペーパーでは最近の流行語まで投入して、「政府(厚生労働省)は、企業による長時間労働の強要等が行われることのないよう、労働基準監督署等による監督指導を徹底する等、例えば『ブラック企業撲滅プラン』(仮称)を年内に取りまとめ、政策とスケジュールを明示し、早期に対応をする」と書かれています。
 
 言うまでもなく、労働基準監督官とは労働基準法その他の労働条件法令を施行するために司法警察官の職務を行う国家権力の一機関です。従ってその行使し得る権限はあくまでも法律によって与えられた違法な行為の摘発であって、違法ではないのに「世の中的にけしからんから」などという理由で権限を行使することは許されません。もちろん、かつての週休2日制などの時短指導のように、法律上の監督指導とは区別されたいわゆる政策目的の行政指導をすることはあり得ますが、それは違法行為の摘発ではないのですから、従うか否かは使用者の任意です。これは法律学のイロハです。
 
 ところが官邸に設置され、経済産業省出身の精鋭官僚たちが事務局を務めているはずの産業競争力会議が提示したペーパーであるにもかかわらず、これら長谷川ペーパーは一体企業のどういう行為を「監督指導」したり「淘汰」したり、果ては「撲滅」したりしようとしているのか、よく理解できないところがあります。
 
 日本の労働基準法は一応1日8時間、週40時間という「上限」を定めていますが、実際は36協定によって法律上は無制限の時間外・休日労働が可能となっています。少なくとも、ある一定時間を超えて働かせたらその長時間労働それ自体が違法になるというような仕組みは存在しません。かつて男女均等法制定以前は、女性については時間外労働に関して1日2時間、週6時間、1年150時間という上限があり、深夜・休日労働も原則禁止でしたから、労働基準監督官が夜中に繊維工場に夜襲をかけてそこで働いている女性がいれば、残業代を払っていようがいまいが、それだけで直ちに摘発できました。しかし今はそういう規制は年少者だけです。
 
 では、長時間労働だけでは違法にはならない日本で、監督官たちは何を監督指導できるのかといえば、(36協定がある限り)「残業代をちゃんと払っているか否か」という点でしかありません。本来は労働時間規制ではなく賃金規制に過ぎない残業代が、労働時間に関わるほとんど唯一の摘発可能事項になってしまっていることにこそ、現代日本の労働法制のゆがみがあるのですが、それはとりあえずさておいて、現時点では監督官がブラック企業に対して使える武器は残業代規制だけなのです。ところが、長谷川ペーパーはその規制の緩和・撤廃を訴えています。では、残業代規制をなくした代わりに、監督官たちがブラック企業を監督指導できる根拠となる新たな規制がどこかに盛り込まれているのか、が最重要の論点になります。
 
 結論から言えば、両長谷川ペーパーのどこをどう読んでも、監督官がその規制に違反したことを捉えて摘発することができるような労働時間に関わる新たな法規制は出てきません。言葉の上では長谷川ペーパーにも「労働時間上限」という言葉はあります。しかし、それは少なくともそれを根拠として監督官が「監督指導」することができる法的な労働時間の上限ではありません。4月ペーパーでは、Aタイプに「労働時間上限要件型」(上記ファイル3ページ)などという麗々しい名称が付いているにもかかわらず、「対象者の労働条件の総枠決定は、法律に基づき、労使合意によって行う。一定の労働時間上限、年休取得下限等の量的規制を労使合意で選択する」と書かれていて、結局現在の36協定における「上限」と同様、法的には上限は設けないという趣旨のようです。5月ペーパーでも「対象者に対する産業医の定期的な問診・診断など十分な健康確保措置」(上記ファイル4ページ、以下も同様)とありますが、現行労働安全衛生法で月100時間を超える時間外労働をさせる場合は産業医の面接指導を義務づけているのですから、そのレベルの時間外労働をやって産業医の面接指導を受けることは当然の前提ということなのでしょう。さらに、「量的上限規制を守れない恒常的長時間労働者、一定の成果がでない者は一般の労働管理時間制度に戻す」と言っているということは、もし法律上の上限であれば「守れない」その段階で法違反ですから、戻すも戻さないも摘発対象のはずですが、そういうことはまったく想定していないようです。
 
 つまり、「新しい労働時間制度」の説明のどこをどう読んでも労働時間の法的上限設定は出てこず、かつこれまで唯一摘発の手段であった残業代規制をなくすというのですから、「監督指導を徹底」とか「ブラック企業撲滅」などという空疎な言葉だけで発破をかけられた労働基準監督官たちは、何をどう摘発し、是正させたらいいのか、まったく意味不明の状況に追いやられてしまうことになります。まさか産業競争力会議の委員や事務局諸氏が、労働基準監督官に合法的な行為を「監督指導」したり、果ては「撲滅」したりさせようとしているのではないと信じたいところですが。

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