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2014年05月28日 前へ 前へ次へ 次へ

人と話題 ロックフェラー大学教授 デビッド・アリス氏

ロックフェラー大学 デビッド・アリス教授[1].JPG2014年「日本国際賞」受賞
遺伝子発現の制御機構としての「ヒストン修飾」を発見
決して諦めず、情熱をもって

 ヒトのDNAに書き込まれた全遺伝情報(ゲノム)を解読する「ヒトゲノム計画」の完了から10年余り。その過程で、生命現象は遺伝情報のほかにも、各細胞で特定の遺伝情報が選択的に発現される仕組みが関与することが明らかになった。
 米国ロックフェラー大学のデビッド・アリス教授らは1996年、染色体を構成するたん白質「ヒストン」にアセチル基を結びつけ化学修飾させる酵素を特定。DNA配列の変化を伴わない染色体の制御機構を研究する「エピジェネティクス」の進展や新薬開発などにつながった功績が評価され、14年の「日本国際賞」を受賞した。
 ヒトのDNAは全長約2メートルあり、ヒストンに巻きつきながら染色体の中でらせん状の「クロマチン構造」を形成、直径10マイクロメートルの細胞核に収納されている。ヒストンとDNAの関係をみると、細胞の活動に使われていないDNAの領域は強く結びつき、遺伝情報が読み取られている領域は緩くほどかれた状態になる。
 アリス教授らの研究チームは90年代、単細胞生物のテトラヒメナを対象にヒストンの研究に取り組む。テトラヒメナは大小2種類の細胞核(大核、小核)があり、大核が主に生命現象、小核がバックアップの役割を果たす。大核と小核の化学修飾の違いを明らかにする挑戦が続いた。他の研究所も活動的な領域でヒストンにアセチル基が多いことを突き止めるなど競争は熾烈。「研究人生で最も厳しい道のりだった」と振り返る。
 年に研究は進展する。若手研究者が酵素を特定する画期的な評価方法を考案し、ついに「ヒストンアセチル化酵素」を特定。ヒストン修飾によるクロマチン構造の変化で、遺伝情報の発現が制御されることを証明したのだ。論文発表は歳の誕生日を迎えた翌年3月22日のこと。「科学者としての財産は人との出会いに尽きる」と語る。
 研究成果は臨床の場面にも応用され、06年に米国でヒストンのアセチル酵素と脱アセチル酵素のバランスを修復する皮膚T細胞リンパ種治療薬が承認された。iPS細胞による再生医療との共同研究も各方面で進む。
 自身の性格を「物事を途中で諦めないファイター(戦う人)」と表現する。研究で失敗を重ねて滅入りそうな時は、家族の存在が支えになった。「妻や3人の子どものおかげでバランスが取れ、翌日も研究に打ち込めた」と感謝は尽きない。
 現在、最も情熱を傾ける研究テーマは小児脳腫瘍。忘れられない言葉がある。数カ月前、その病気を治療中だった子どもが病床で「私のことは心配しないで。お母さんにはやるべき仕事が残っている」と語り、母親に別れを告げた。アリス教授は「私に向けられた言葉のように感じた」。
 これまでの研究成果で、ヒストンのアミノ酸に突然変異が起きてメチル基が結合できないことが病気と関係することを突き止めた。「子どもの悲惨な病気の原因を必ず解明できると自信を持っている」。ファイターは決して歩みを止めない。
(小林徹也)


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